Team Green

「木の実レーシング50年を祝う会」

 平成23年1月29日グリンピア三木でタイトルの「木の実レーシング」半世紀にわたる活躍ぶりがつぶさに見られた、それは出席していた、メンバー2・4輪に’60・70・80・90年に亘る、70名に及ぶそうそうたるメンバーが一堂に会したのであった。
 近じか発売される専門誌にも詳細にわたって発表されるとは思うが、何故か私に回ってきた司会の大役も懐かしいメンバーに(久しぶりの同窓会)オーオーと楽しくやらさせて頂いた。(結果は???)
 速報としてご披露したい。
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 集合写真(少々小さいので専門誌迄のツナギである)

 そもそもことの始まりは昨年夏に行われた、創始者片山義美の古稀のお祝いの席上、金谷秀夫が50周年半世紀にわたる活躍が’11年であることを回顧、早速、発起人及び準備委員会が作られ行動が開始しされたのであった。
 金谷秀夫・清原明彦・杉尾良文・大本十生以上発起人代表、毛利良一・木下康博・大森要三・竹内伸吾・新田 茂の準備委員で構成され準備が水面下で進められたのである。
 皆さんの活躍ぶりはひとまず、木の実レーシングの生い立ちをひも解いてみたい。
 そもそも、創始者片山義美は1959年神戸の六甲登山ロードを練習の場と決め、転んでは起き、転んでも立ち上がり、今では伝説でもある「幻の六甲トレーニング」の原点である、練習を重ね生来のセンスと負けず嫌いの性格、なんといっても好きだからやれた練習、めきめきと日本はおろか世界にも名を轟かせたのである。
 
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 当時の想い出話に花を咲かせる片山義美左から2人目、続いて石井昭博(専門誌フリーライター)清原明彦・和田将宏・山本 隆 それぞれにカワサキの一時代を作り上げたツワ者たちとの二次会の模様

 その片山義美のど根性に吸い寄せられその人に憧れ、集まった若者 歳森康師・村上 力・金谷秀夫に加え乞われて加わった山本 隆達の若者が世界で活躍する創設者の留守を守り「幻の六甲トレーニング」が伝説を呼び続けられ、多くのチャンピョンを世に送り出したのである。

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 左から古谷錬太郎(カワサキにあり、チーム木の実とのパイプ役であった)清原明彦(言わずと知れたカワサキの代名詞)平井稔男(木の実に対抗 神戸スーパースポーツレーシングの創設・チームグリーンの監督)何故かしら今回の司会者、和田将宏(これまたカワサキの武将日本の雄である)村上 力(KIYOさんの先輩かなりブイブイ言わせたらしい)金谷秀夫(世界の金谷である今回の仕掛け人)

 一口に50年とは言うものの半世紀に亘りその名をほしいままに活躍を続ける「木の実レーシング」宴たけなわの中に、創始者片山義美から
 「現状、モータースポーツを取り巻く環境は大変厳しく、チーム名のもとにライダー・ドライバーを育成することは困難であり、今後「木の実レーシング」から「木の実クラブ」に変更、オートバイを真に愛する「クラブ」に変更したい旨の驚きの発言があり、会員全員が驚きの中二次会へと流れ込み夜を徹しての宴となったのであります。
 永遠なれ「木の実クラブ」彼から新しい道を広げ何時かまた「木の実レーシング」が帰り咲くことを夢により一層のご支援をお願いするのみである。
 この様に触りだけの速報であります、専門誌による記事・写真をお待ちください。
                                                 t-hirai
 
 
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by toshi-hirai | 2011-01-30 09:29
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