Team Green

「昭一の思い出」5

・・・ヤッパ昭一迷監督の指示を徹底して遵守してくれる、忙しい中2時間寝るのを遅らせたなへへへそれでは第3話ご披露しよう。
e0190502_794330.jpg


 「新車購入1979年」

 既に行きつけのバイク屋サンでもモトクロスに火がついていて、ツーリングクラブ「てんとう虫」に追加で、モトクロスチーム「レーシングチームてんとう虫」出来上がりました、寄せ集めのチーム各社のMXマシンが揃うとてもカラフルな20名程のメンバーで全員ノービスライセンスこれまた素晴らしい・・・

 ジュニア更にはエキスパートジュニアを目指し、練習+地方選手権+全日本選手権を求めて鈴鹿・愛知・新潟で行われるMFJ公認レースにチーム一丸となり参戦したのであります。
 次の年からはみんな仲良く各レースに遠征本当に楽しい私の青春時代、森田こういち一世をフウビした歌そのままでした。皆さん口ずさんで下さい???

 青春時代の夢なのさ~楽しい楽しい夢なのさ~、マシンもホンダのCR~125R素晴らしい~ニュウーマシン
おまけにフロント23インチー、これまた気合を入れました~これまた新車で良く走る~ 気合を入れてエントリー!けれどもマシンはトラブル続きー、レースに出る前にリィ~タイヤ、本チャン借り物の~KX125~
 借り物のマシンが良く走る・・・俺にはカワサキがショウに合っている・・・だからカワサキ大好きよ~

 チャンチャン(当時ホンダの2サイクルエンジンの完成度は低かった・・・今は違う)しかし俺にはカワサキが良く似合っていたのであります。

 しかし、どのレースに行ってもカワサキのライムグリーンは数が少なく、それがかえって良く目立って気持ちがいいんです。
 女の子にモテル訳はなく黙々とモトクロスに打ち込みました、その結果19歳で鈴鹿の中部選手権で見事初優勝、このレースであのレースアナウンサーが「若干19歳の塚本」と絶叫してくれたのだそうです。

 今では考えられないナゼ・・・今は高校生でプロですから・・・

 翌年ジュニアに昇格エントリーも125cc・250cc・オープンと3種目に出場、鈴鹿で2回も最優秀選手賞を勝ち取り俺にはセンスがあると粋がっていたものです。

 俺には125より250の方が成績は良かったように思われるが、この年の全日本選手権(GP)菅生では全国選抜の中部代表、ナナント・・・トップを快走控えめな塚本選手「俺がトップオカシイよな!?」テナコト考えたら見事に転倒7位に終わりました(迷監督は常にモトクロスはスタート勝負、目をツムッテ・・アクセルを開けろ!
ダトサ、又、あの有名な3周待ての命令その時に聞いていれば???)このときまだ平井さんとは出会っていなかった。

 俺はスポットライトが良く似合うライダー、この時も自己アピール出来る最高のチャンスを逃がした塚本少年?でした。

 少し時代は違うのか?
e0190502_7104082.jpg

スタートの瞬間
e0190502_711461.jpg

 トモノービス時代の華麗なるジャンプ
e0190502_7122231.jpg

 チームグリーンのピット風景
e0190502_7124232.jpg

 そうです我らがショウちゃんチャンピヨンの時

 昭一の写真が実家で大事に保管されているらしい、写真が無いので・・・私のファイルから・・・

 昭一はお正月メールを送ってくれるそうである・・・その時ご披露致します。

                                                     t-hirai
[PR]
by toshi-hirai | 2011-12-17 06:49
<< 「コーヒーブレーク」 「昭一の軌跡」2 >>