Team Green

「TEAM GREEN 30周年」創設期に思うー3

 イヤー世の中こんなに便利に???何しろ約15年前の出来事を何の苦も無く復活してくれる・・・
 ソレハネ1999年頃の私が兵庫県加東市社にある昭和池で管理人をしていた時、私のコッチャお客さんを友達に変えてしまい、お付合いをさせて頂いていた沢山の顧客(救命胴衣の美人もイタデヨ~何しろジェットスキーのゲレンデ、水の滴るビジョビジョ、壇密の群れへへへ)
 その時の友人M氏が昨日会社まで訪ねてくれたのである・・・ソレハネFACE BOOKのお蔭である~M氏が探し出してくれた・・・ところがであるこれまたFBにそのことを書いたらマタマタお友達のK氏・F氏から繋がった、偉いものだ。

 オレ顔が広いのが自慢の一つみんな財産ナンヤ・・・コリャ五万とお会いできるかな、だがどうしてFBで旧友を探すのか?どうしてお友達申請をするのか解らない?困ったもんじゃ・・・てなところで今日は祭日(何の?そうか春分の日)ブログやで~友達と繋がれ・・・

 今日で想い出3回目これまた30年前の事や

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 30年前の写真(吾輩49歳の青春)ゴメン少々お名前が解らん?方も居るかも、マ良いか許せ、解ったら教えてチョ(3日後昇チャンが正確に教えてくれたありがたや) 左から斉藤昇司・次が?亡新谷と仲の良かった中村メカさん・これまた車体関係の上野メカ・喜多祥介・カメラ大好き増田カメラマン・御大キヨさん・遠慮してカワ販の広報だった小林 茂・これまた迷監督平井の若々しいオスガタ・ENG担当の吉田メカ・車体担当の永井メカ、ゼッケン5番のヨコ宗和まだこの軍団には入れない時代や・・・10年早い・・・オイオイ今ゆっくり見たらユニホームTEAM KAWASAKIとある、TEAM38に居たからかな~確かTEAM GREENは1983年に立ち上げたんだが~な~ この年、TEAM38は2台のF-3対応マシンで挑戦(カワサキが速いとすぐにレギュレーションの変更、オリンピックのレスリングと同じや)前のトシ揉めたからかな~そんなん怖く無いナンボでも恋や・・・

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 このマシン重たいけど(カワサキのレーサーは全部や軽くない、ライダーがマシンを抑えて走るからカワサキや、ほんまやで~サスも悪い、コースに穴でもありヤ・・・これを拾うと横に3メーターぐらいすっ飛ぶウソと違う、それを抑えて走るこれがカワサキや)戦闘能力は充分にあったンや、あったんかな~ライダーが良かったんや・・・後ろで斉藤昇司と岡 正弘が居るやんか・・・

 多分この時、色々トラブルはあったが最終にはゼッケン5番が3位に入った2年連続お立ち台や、ロスが無けりゃ優勝やった・・・タラはイカン3位は3位や

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 ソノ色々アクシデントの一つピット(クイックチャージのタンクキャップからGS漏れ、急きょ取り替え)に戻ってタンクキャップの取り換え作業中、斉藤・野村・増田各氏の心配そうな顔・顔・顔

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 鈴鹿のシケインでゼッケン5番2位走行中(西田&新谷組)87番(ライダー内田幸夫&藤本義夫組)イヤー早かったカワサキが2番やぜ~ 迷監督この時優勝を狙っていた・・・また仕切っている。

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 ここでタンキャップ交換2位の座を明け渡した時であるが・・・お得意さんやこれからが定番の追い上げ・・・この時も迷監督は優勝を狙っていた・・・考えてもみ-49歳人生コワイモン無しの時代、鼻息の荒いお年頃・・・良かったな~この時代、完全にTEAM38の迷監督や?違う違う本人だけの思い込み???監督は吉川章平やんか・・・アッそうか?マイイやん・・・

 マッテーこの項、亡新谷の思い出を斉藤昇司はこの様に回顧してくれた。

 1983年2回目の鈴鹿4時間耐久にチャレンジ。昨年のマシンはGPZ400の市販車を適当にチューニングした程度のマシンだったが、’83年からはF-3クラスに変更されたこともあって、車体関係はナンデもありのオリジナルマシンでもOkとなり、TEAM38もオリジナルのSpecial マシンを製作した。
 アルミ・フレームにKRの足廻りをSETして空冷Z400のエンジンを更にチュウニング
して搭載。モリワキ・ヨシムラ・ホンダTeam も気合の入ったSpecialでエントリーしてきて各車互角のマシンで勝負することになる。
 今回はデフェンデイングチャンピンでもあることから、レース前から注目度・話題性に富み優勝候補の筆頭にあげられる。

 亡新谷のパートナーは後輩テストライダーの西田克也である。

 レースは予想通りモリワキ・ヨシムラ・ホンダTEAMとTEAM38とのTPO争いのバトルとなるが、0・003秒ぐらいの2位を走行中にピットインしてGSチャージ、この時、燃料タンクのクイックチャージにトラブルが起きて修理に大きくロスタイムしてしまうが、修復後は安定した早さで走り切り3位でフィニッシュ出来た。

 トラブルがアリながらも2年連続で表彰台に上がることが出来たのであ~ります、これで4時間耐久へのチャレンジは’83年で終りにしました。

 沢山の思い出を有難うそうして本当に1985年からTEAM GREENと共にレース界に殴り込みとなるのである。

 チョットバック来週は、1977年ザッパーの8耐を思い出した・・・乞うご期待である。

                            斉藤昇司&平井稔男組
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by toshi-hirai | 2013-03-20 09:44
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