Team Green

<   2009年 11月 ( 16 )   > この月の画像一覧

カワサキに想う 14

 オハヨウございます、今日投稿日ですが少しバタバタしており休みます悪しからずご了承下さい。                                                                    thirai
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-29 04:52

カワサキに想う 13

 何か知らないうちに’80年代に入ってしまったが(TEAM GREENに早く行きたいのでしょう)チョッとバック、私の思い出のマシンが一台あるのです。
 ソレハネ’79年にリリースされたZ400LTD、思い出します4研(カワサキオートバイ部品・サービス課が間借りしていた品証グループの建物)の前で、「テァドロップ」のタンクにプルパックハンドル、オマケに段付きシート、ショートマフラー、極太リヤータイヤ、そう国産初のアメリカンスタイルの試作の登場であります。
 ブームはメーカーが作るもの、それを守って継続するのが特約店の役目、(これは私の独り言)この時、車のコンセプトは?アメリカンスタイルに重点を置いて国内に導入を図る事になっているが、実は余っていた’75頃のZ400の空冷4サイクルDOHC2気筒、398cc、ボア64×ストローク62mm、3,20kg/7,000RPM6速のエンジンを消化する為に500台/年ほど売れればとの目論見だった。
 私は試作を見た時これはいける、当時実験研究のNさん(マージャントモダチでもある)の話にサービス&部品担当課長であった私は「エンジンすぐなくなるよ」と冗談を話し合っていたのが本当になってしまった。
 しかも、国内でアメリカンスタイルのブームに火を付けたのである、勿論チョッパーの本家として根強い人気をカワサキはこのマシンから、Z750LTD/Z250LTD/Z550LTD/750スペクター等々チョッパーのご本家の名をほしいままにしたのであった。
 ところでこの年には、ヒット、イヤホームランがもう一台飛び出したのである、本当にカワサキの持つ技術の素晴らしさが他社を近付けなかった。
 ソレハネソレハネZ400FXの登場、rfuruyaさんに言わしたら累積赤字を一瞬にして消してくれたマシンと自慢されるのでは?次回克明に思い出して見たい。thirai
e0190502_1847204.jpg
e0190502_18473917.jpg

写真の映りが悪いゴメン私の写真技術が悪い勉強します。Z400LTDと少し後から出てきた750スペクター(KZ750-N2 車重217kg・空冷4サイクルDOHC4気筒738cc・ボア66×ストローク54mm・圧縮比9,5・70PS/7,000rpm5速・620,000円)である。
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-23 18:37

カワサキに想う 12

 ’74年から’78の4年間はカワサキも外部には平穏な時期だったが、内部では少々累積赤字が出始めた頃では?(ここはrfuruyaさんの出番)私は本社に帰ってきて安全運転教育課、世間では交通事故死者が急増して法規制の改正、それを拒むメーカー(所詮官と民負けるのは当たり前田のクラッカー)二輪車による死者を減らすべく各メーカー一致団結?安全運転に取り組んで行きました。
 
e0190502_6211582.jpg

 私も上記写真の通り、特別指導員として全国津々浦々指導員養成に飛び歩いて居ていた丁度その頃、アメリカでピート堤がナント「TEAM GREEN」を立ち上げたのであります。
 この話は「KAWASAKI DIRT CHRONICLES VOL3 カワサキ独自のアマチュアライダー支援活動チーム・グリーン」で詳しく記載されています是非ご覧下さい。URL:川崎重工業㈱レジャー製品再度レジャー製品10月30日にリリースされて居ます。
 サーそろそろ本社の仕事に慣れてきた安全運転指導課長の腹の虫が高々となり始め、アメリカのTEAM GREENの活躍に刺激され、’81年オートバイを販売している会社が「広告・販促・技術の革新・カワサキのフアンに対するサービス・カワサキの関係者(販売店から製造)の士気の高揚」全てに関わるレース活動をやらせてと当時約2千万円の予算を獲得、国内にも「TEAM GREEN」が誕生したのであります。
 中深迫(大阪月木レーシング)菅原(東京トキワレーシング)岡山(京都ボブキャット)3名のライダーでMX全日本を転戦しましたが、走っても走っても予選落ち(それでもチームはニコニコ賑やかでした)コリャー勝つことに命を掛け、切ったらグリーンの血が流れる迷監督としたら情けない有様、直ぐに対策を①石川からあのF-1チャンピョンに輝いた塚本昭一が来てそろそろ活を入れてくれたのでした。
 ②’82年から全国のMX大好き特約店からライダーを年2回1月と8月に7日~10日間20名くらいのライダーを集結、特訓を始めたのでした。
 私はスタッフに今早くなくても、ヤングで何か光っているライダーを探せと指示’83年シーズンに走れるライダー作りに着手したのでした。(これが功を奏した私流・・・天才を鍛えて秀才に・・・「天秀才」を作ることでした)
 事実、答えてくれたのが東京横山モータース(現在もカワサキ一本で全日本をサポートしているジュニヤーライダース横山兄弟)から調所伸一と埼玉から鈴木南平の二人、確か調所(誕生日がS42,6,9,直ぐに原付免許を取得)&鈴木が6月の四国五明岳コースにデビュービックリ仰天カワサキ旋風を起してしまったことである、ノ-ビスではあったがカワサキ2台のデットヒート前評判は確かにあったのだが、誰が予想した1-2フイニッシュイヤー一番驚いたのはカワサキ関係者、イヤ迷監督でありました。
 そうしてやっと遅咲きの「TEAM GREEN」に火がついたのであります(ワークスのロードレースの凍結が発表された時期では?)それからか上のクラス3名昭一の加入もあり、ボチボチ予選通過決勝で好成績が出せるようになりました。(昭一が17才のMXデビューあの’92年F-1ロードレースチャンピョンの誕生物語が始まるのです)thirai
e0190502_759267.jpg
e0190502_80287.jpg

*写真は、昭一の勇姿&どこの全日本なんだ当時は手書きのリザルトだった、リザルトに書き込まれた中込・菅原・塚本3/10台がカワサキ素晴らしい、しかしだ、頭がいない何故だ?アクスル全開で無いから・・・
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-23 07:46

カワサキに想う 11

 ありました昔懐かしい古ぼけた埃だらけの帳面が、中身は私の販売・安全運転・サービス課長時代の講義に使用したものである(大体S50~54年ぐらいまで)今日はこれをご披露致します。
 まずは販売編
①販売店の経営に秘密を作るな
②計画なくして商売無し(PLAN DO CHECK)
③最低5年先の自分を見ろ
④マネジメント ぺタコン(リーダーシップは指導・責任・意思・説得・受容・戦略性である)
⑤信用第一(信用とは約束を守ることである・・・)
これらをベースに総論社会福祉への貢献とか、ロジックサービス・目標管理・商品の魅力・購買心理等
 次に安全運転編
①S&SGマーク(Sマークは国が基準に合格した製品に対して表示する SAFETY、SGは製品安全協会が損害賠償責任保険を掛けたものSAFETY GOOD)
②時代の知恵をのむ、お酒ののみ方極意八道(酒量・適量・雅量=人の道、ただ酒・深酒・奢り酒=悔の道等)
③おのれの性格を知れ(アワテンボウでも、ユックリでも・フッウでも良い、自分を知って運転するのである)
④バイクは人間味溢れる乗り物(なにしろ全身運動美容にも良い、その割にはデブもいるスミマセン)
⑤カワサキセーフティ・ハンドブック(交通事故死者が多くメーカーで安全対策を訴えた小冊子)
 指導員制度などを盾に法改正に抵抗したのですが?(原付ヘルメットの義務付けは3年ほど延びた)
 次にサービス編
①自動車整備保障制度への道(保障・補償・保証色々あるが車は保証である)
②PLとその計画
③ねじの基礎
④型式の表現(Z400D4-Zはタイプ4サイクルKHは2サイクル・400は排気量・Dはモデルチェンジ認定が変わる大幅なチェンジでA/B/Cなどと代わる・4は年度とか、Xにはマルチとか)
キャブのVM26Sとは、VM-タイプ、26-ボアー、SS・SH・SCとかは取り付け部分の違いとか)
プラグのB7HSとは、B-ボアー、7-熱価・H-リーチ・S-タイプ
⑤エンジンオイルの働きは、減摩作用・冷却作用・密封作用・清浄作用・腐食防止作用
以上マー程度の低い(今ならもっと高度な講義が出来るのに、しかしであるこれが全て基本である)皆んな私が人を統率するのは上手いが?程度は低いよと・・・
 アイツはアホやと言われる?・・・アホな男がカワサキに約45年総務・経理以外全部と言っても良いほどお世話になり全社長に仕え、サーキットを2ッも一つは韓国にである、そうしてこれは忘れてはならない「TEAM GREEN」の迷監督、アホでは出来ないよ、悔しかったら真似をしてみろ勉強は一生懸命やっていたのである。
 少々長くなって声を上げて読むことは出来ないかも知れない文章だが、これが私である。thirai

e0190502_7293618.jpg
e0190502_7295346.jpg
e0190502_730694.jpg

写真は上から古びた手帳・安全運転の講義に使うページ
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-22 07:20

カワサキに想う 10

 バタバタした一週間が過ぎ私にも3連休が与えられました、久しぶりに朝5:30まで寝坊ヤッター
さてさて、前回’73年ゼツーの出現でした、このときカワサキは海洋レジャーに進出を決め世はまさにハイセイコウの時代でした。
 私は、大阪を’74年に追われ?本社カワサキオートバイ販売㈱安全運転指導部教育課長として赴任したのです(TEAM GREENの立上げの原点でありました)そこで見たカワサキのMXレース活動は少しずつやっていた様子でした、社長が(塚本碩春返り咲きでした)新しくなり会社が多角経営を見直しを始めたときだったようです。
 一方レースはMXのみ、ライダーは(順不同)立脇三樹夫・」野宮修一・瀬戸康一・伊田・白戸・津田・志賀、あと一人多分8人のエキスパートライダーを当時川重にマフラーを作りに来ていた島田さんが引き連れて全日本を回って居ました、このチームのマネジャーに私が命じられてしまったのです。へへへ
 マシーンは750RS・650RS-W3・500SS・400SS・400RS・250SS・KT250・125TR・KC125DX・90TR・)DX等を世に送り出し,大型のカワサキ大躍進の幕開けだったのでは?ないかと想います。
 マーーー、レース好きにレースを任すカワサキの寛大な心・・・此れから社業とレースの発展劇の始まり始まりです。 乞うご期待です・・・thirai

 
e0190502_8202621.jpg
e0190502_8204714.jpg

*写真は、特別指導員資格取得講習会に勢ぞろいしたカワサキの精鋭と我らが誇る’750RS&’74年500SS、H1E空冷2サイクル・ピストンバルブ・3気筒・498CC・59PS/8,000RPM・5速・365,000円
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-21 07:48

カワサキに想う 9

 今日川重明石工場でのDIRT CHRONICLESの取材にお伺いした、久しぶりの浦島編集長の少し丸くなったお顔を拝し、少しのあいだ感無量、しかし、慣れてくる間に元に戻ったか不思議なお顔である。
 話はモッパラ昔話チョッと忘れたことをここで話してみたい、それは’83年からの冬季・夏季TEAM GREENの特訓に各地のライダーを30名ほど明石に来てもらい来年のライダーを探す時、各スタッフに遅くてもいい何か光るものを持った天才を教えて欲しい、良いライダーを鍛えて秀才に「天秀才」を作ろう。と特訓を始めたのであった。
 そこに天秀才ライダー、中深迫・菅原・岡山・調所伸一・鈴木南平・多田洋之・行方(忘れたら怒られる)花田茂・長沼朝之・永井久道・橋本慎二・大宝・河合健二・榎本ここらがTEAM GREENのルーツか?皆良く頑張った。thirai
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-18 22:39

「エンデューロごっこ」

e0190502_1840137.jpg
 今日兵庫県二輪自動車協同組合の「エンデューロごっこ」に行って来ました、総台数80台と過去最高のエントリーがあり、好天にも恵まれ素晴らしい熱戦で終始、応援のママさん・お子達・仲間の声に手を上げて走っていく人、黙って黙々と走る人、一日楽しくおしまいにはビンゴゲームで全員が盛り上がり来年の再会を期して無事終了しました。
 レース開始前に国際Aで活躍中の高濱龍一郎(彼と私の出会いは今から25年ぐらい前からのお付き合いである)大先生の初心者スクールがあり大いに盛り上がり参加者全員上手くなったのでした。
 アホ、オートバイはアクスルOPEN閉めたら転ぶ乗り物だーと怒鳴っても走るのに精一杯の皆がです。
(来年から姫路で月1回スクールを開催するそうである彼のHPを見て参加して下さい)
  尚、当日のリザルト&写真は組合のhpをご覧下さい、兵庫県二輪自動車協同組合です、楽しい一日でした。又、流れない勉強勉強!thirai
e0190502_18412059.jpg

写真はチームハマ龍一郎学校風景右端こちら向きが龍一郎&スタート前の緊張の一瞬
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-15 18:40

カワサキに想う 8

 ・・・いよいよ1973年あの一世を風靡した「750RS」そうそう「ゼッツー」の登場である・・・
スペックは
 Z2 全長2,200×全幅865×全高1,170mm、軸距1,500mm車重230,0kg空冷4サイクルDOHC4気筒746cc、ボア64×ストローク58mm、圧縮比9,0、69ps/9,000rpm、5,90kgm/7,500rpm5速 418,000円だった。
 世界最速にこだわりコードネーム「ニューヨークステーキ」 これを語りだしたら多くの人々が未だに「Z-1・Z-2」「火の玉」等‥私なんかの出る幕ではない。(先日も「火の玉塗装」を求めて来られた方が熱くZ-1&Z-2を語られていた)
 ただただ売れ行きに驚きと嬉しさに新車確保が仕事と地の利を生かして明石に日参した、こんな思い出がある。
 この年には、ハイセイコウ・それとオセロが流行った年だった、当時明石工場長?中村○○(名前は伏せますがエライサンである)がZ-2完成車の工場内移動(生産ラインから倉庫までの500m程の搬送)を手伝えとの暖かいご指示???、大阪・兵庫・京滋・奈良・和歌山(多分ポンチャンが一人で頑張っていた)の各営業所に全員集合と明石工場での新車搬送を手伝ったのである、問題の大騒動はこの後で始まる、それはね・・・全員帰りに積めるだけの「金の卵」を積めるだけ積んで持ち帰ったのである。
 完検(完成検査票、登録も出来ない)も無いままである、イヤー次の日からヤイのヤイの全国各地からブーイング、特に名古屋の母店長だった鍋ちゃんなんか血相を変えて抗議をされたことを思い出した。
 それほどまでに国中を沸かせた、未だに語り継がれている「カワサキのナナハン」国内最大の排気量DOHCインラインフォー・・・大型のカワサキの名をほしいままにした「真のスーパーバイク」こんなに素晴らしいマシーンを世に送り出したカワサキが、今は「ナンや」どうしたと言うのだ・・・thirai
 今日は久しぶりにNPO法人THE GOOD TIMESのメンバーである三木アネックスでの「エンデュロごっこ」(主催 兵庫県二輪自動車協同組合)コースコンデションは最高でしょう?の応援に行ってきます、写真はワールドMCガイド11・カワサキ1より、手ブレは私のせいです
e0190502_21314944.jpg

[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-15 07:08

カワサキに想う 7

e0190502_20201850.jpg
・・・モウS47年になりました、当時私は大阪母店長、わが社の社長は既に田中誠(S44~49年まで歴代カワサキオートバイ関係の社長では一番長く勤められた社長では)この間に川崎航空機工業㈱と川崎重工業㈱川崎車両㈱3社合併をして川崎重工業㈱と社名変更したときです。
 マシンもこれでもかと素晴らしい大型のカワサキが1972年には500SSマッハⅢ・250SS250マッハ1・250TRバイソン・H2(2サイクル3気筒750cc世界最速の誕生でした)
e0190502_20185022.jpg

そうそう60おじさんのこと忘れてしまう所、S47年近畿で第9回全日本MXグランプリを開催する、オマケに高松宮殿下が初めて観戦にお見えになる協力をとのこと場所選びに色々物色され、MFJ近畿支部西海スポーツ委員長(現在の兵庫メグロの社長)のお膝元兵庫でと(平井が仕掛け人で色々ありましたが)決定、神鍋を選んでこれまた大変でした。
 元豊岡(営)の所長だった私にお鉢が回って来ましたが見事に大成功、素晴らしいレースが神鍋万場のスロープに繰広げられたのでした、その時の実況は殿下の説明役をしたことが自慢の60おじさんにバトンを渡します。
 よろしく・・・・・写真は「classic motorcycling03」徹底比較BSA-10&カワサキW1より。thirai

 


 
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-12 21:50

カワサキに想う 6

・・・今日NPO法人THE Good Timesの運営委員会でrfuruya&タッチャンに平井のブログは訳わからん、もっと簡素化・声を出して読んで流暢に流れたら良しとのアドバイスを頂いた、これからは良く考えて投稿するようにしたいチョットの間勉強の時間か?
 さてさて、もう直ぐだが今月の18日「TEAM GREEN」の取材で川重に行くが、そんなことより私はこの頃のカワサキが心配である、どうするつもりなのかな。
 どうやら単車は作るらしいそれなのに
①カワサキプラザ明石 
②カワサキライデングスクール
③モーターショウ
④レース活動
全て閉鎖・中止に近い昨今の動きである。
 考えてみろ今だからカワサキは飛躍できるのではないか、幾度と無く危機に直面した過去に、その都度人間の英知が立ち直させた前歴の持ち主でもある、しかも、これからもオートバイを提供する限り上記はいずれもカワサキの①広告宣伝 ②販促の一環 ③技術の革新 ④カワサキのフアン、いや、オートバイ愛好者に対するメーカーの務め ⑤カワサキの仕事に携わる人々に対する士気の高揚 と考える・・・何とかならんのか。
(大きな声で読んで見た文章は流れたかな)写真は若かりし頃の私である。thirai
e0190502_18174433.jpg


 
[PR]
by toshi-hirai | 2009-11-08 18:14