Team Green

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「カワサキに思う」⑪

・・・イヤー少しは涼しくなったのかなー、先週の金曜日ご招待で三宮に久し振りの飲み会入れ込んで3日前から歌のレッスン処がである、ビール4杯・酎ハイ3杯でグロッキーそのままオヤスミ「ヌカルナヨー」「アレーヌカッタ」「ぬかが致した」歌えなかったのである。
 ゆわゆる「夏ばて」それもそうだ、朝の5時から時速70kmで加東市から神戸市まで約48km(神戸着6:00ロイヤルホストで501円のベーコンエッグセットの優雅な朝食の日課、贅沢イヤ(タバコ・お酒無し、カーちゃんだけの)76歳現役の社長へへ、これぐらい神様もお許しくれるのでは?この約1時間が私の考える時間、それからは会社の掃除・会社の前の歩道の掃除、マンションの皆さんのこの時間のお出かけのお見送り「行っていらっしゃい」充実した一日の始まり始まり、お陰様で大忙し?ソウソウ皆さん車検を兵庫メグロでどうぞ「THE GOOD TIMES」のカードで15%レスお徳で確りした整備(社長の性格をご覧あれ)2日で見違える皆さんの愛車が美人に、是非兵メをご愛顧下さい。
 只今ホームページ兵庫メグロ販売㈱(検索)ホームページよりメグロカードの案内から(THE GOOD TIMESの提携カード)無料で加入です、振るってご応募下さい・・・
 前置きが、自慢話が、スミマセン,バラバラ何を訴えているのか?纏めたらメグロカードの取得です。

 サァサァ「思い出」を
 今日は1983年「TAME GRREN JAPAN」の苦渋の2年目のスタート、走っても走っても予選落ちMX「中深迫・菅原・岡山」苦労人の集り「アホアクスル開けんかい」「あけたら転ばんアホ」との迷監督の叱咤、名叱咤の語録が始まる、この次には皆に思い出して貰って語録集をご披露したい。
 マタマタ脱線もとえ戻れ、更なるパフォーマンスを追求した’83年モデル2年間の連続チャンピョンを獲得しながら、より以上の完成を求める技術陣’83年からアルミフレーム・機械式アンチダイブシステムを配しレースで好成績を残したのである。
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 この素晴らしいマシンを見て欲しい                              t-hirai
 
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by toshi-hirai | 2010-08-28 10:02

「カワサキに思う」⑩

・・・イヤー暑いですなーどうも6月に不名誉な転倒をして労災ところが8月で労災打ち切り、それは良いのだが肩はまだ痛いし動かない、先生いわく「50肩」時間がかかる、先生「私76歳」「イヤー体はお若い50歳や」アハハ今は普通の保険で医者通い「早く治してよー先生9月のコンペに参加できないよー」しかしお暑いことですね・・・
 サー思い出探りレースなんて「イヤ人生ヤル気があれば問題は上手く行くものである」レースも然りヤル気の問題である。
 それが前回のKR250「向かうところ敵無し」やれば出来るの証しである、しかもそれにつられて1981年から2年続けて「耐久の王様」「Performance」が生まれたのである
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このZ1000Jがベースの4サイクルも世界に羽ばたくライムグリーン、このマシンはフランスのパフォーマンス社の製作であった、カワサキは1982年にもパフォーマンス社をサポート、パフォーマンス(たえず前進、上昇あるのみ)の言葉どうり前進したのである。

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オマケにスプリントにもKR500(私は幻の500と言っていたのだが)こいつは250cc・350ccのチャンピョンであるコーク・バりントンに託したがどうも成績が上がらず’81年の3位、’82年カワサキがレース撤退と共に姿を消したのである。
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*写真は、コークとロブ
 ツライ・セツナイ・ヤルセナイ、しかしこれで「TAME GREEN JAPAN」が生まれ国内で活躍を初めたのである、目出度し目出度しでは無いか???迷監督 t‐hirai の誕生である。
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by toshi-hirai | 2010-08-22 06:28

『カワサキの思い出」⑨

・・・夏期休暇も今日一日どうしよう、ビール飲んで高校野球見てウタタ寝、アアー儚い人生、雷神マッハさんが筑波サーキット40周年記念式典に参加と呟いていた。
 思い出の深いサーキットである、昭一のチャンピョン、多田喜代一の田んぼに草むしり、なんと言ってもセントラルサーキットを作る時のライバルが筑波であった、当初セントラルの全長を筑波の2,070mより100mほど長く設計をして居たのが、レギュレーションの変更にあい、セントラルは現在の2,840mになってしまった、だから立体交差のサーキットになったのである。
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*昭一のチャンピヨンシーズンの勇姿である「チョウカッコ良い」である

・・・こちらはカワサキの誇る技術陣が精魂込めて熟成させた1979年のKR250である・・・
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 このマシンは向かうところ敵無しA/マンクのライデングで’78年~’81年4年連続でWGPのチャンピヨン、イヤーこの頃の時代は250クラスのみならずKR1000まで向かうところ敵無しの時代であつた。
 カワサキもレースを実験室として色々マシンを開発しているのであるが、このKR250はアメリカで市販を予定してカタログまで作ったそうである。
  イヤー素晴らしい「思い出よアリガトウ」ワールドMCガイド「有難う」である。      t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-15 06:34

「カワサキの思い出」⑧

・・・久しぶりにカーチャントとデイトで墓参り、掃除をしてお花を供えて、しばし一服、オヤジの事、お袋の事を思い出し、カーちゃんに話をしながら、もう一回俺の我がまま聞いてよねと「TOTO/ジャンボ」どっちでも良いお金が欲しい、レースがしたい」真剣に手を合わせた、なかなか充実した夏期休暇だ・・・
 サテサテ、ワールドMCガイド11のご披露である
 少々時間を経て時まさに、1978年ミスターカワサキことコーク・バリントンが真剣にカワサキをお立ち台にとマシンを操り’78・’79年連続でGPで優勝、その他のライダーもM・グラント、G・ハンスホード、そうしてA・マンク、この男が’82年にワールドGP350ccクラスの王座を奪取したのである

1982年王座奪取のマシン KR350である
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KR250ccのボアーを10mmアップ347ccの排気量で当時のTZ350と競り合う間に熟成したらしい、これまたKR250のタンデムツイン、ロータリーバルブを採用した川崎技術陣の勝利であろう
 かなり後になるが1987年このミスターカワサキことコークとそうして耐久の勇ロブを走らせ、一周TOPを走れTVに写る「男カワサキ」ここにありと肩をいからせた、優男???未だに「夢を捨てられないアホな奴」それが元TIME GREENの迷監督である。 チャンチャン
                                                        t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-14 06:25

「カワサキの思い出」⑦

・・・夏休みなのに朝4時になると会社だよ~と目が覚める情けない寝て居れないのか「バカ」・・・
 久しぶりにワールドMCガイドのページを開いて思い出を巡らせている活字・写真は良いねー、何時までも思い出を残してくれる有難うございますである。
 こうやってカワサキのレーサーのルーツを探っているともう一度鈴鹿・岡山・菅生・筑波(ソウソウ筑波は創立40周年雷神マッハさんが教えてくれたオメデトウ)等ピットに西名阪のMXコースのパドックに立ちたい、俺の「夢」㈱神戸(カワサキ)スーパースポーツレーシング(KK・KSSR)の設立は何処え行ったのかな?

・・・今日は1976年完熟にかなりの年月を?かけたKR250である
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 ロータリーバルブで吸気を閉じこんで圧縮を逃さずパワーUPの吸引方式を選らんだ、オマケに180度クランクのタンデムツイン、何で前に走るにや~
 ところがこれが正解カワサキの頑固さが、その後チャンピョンを生んで行ったのである・・・

今日は少ない夏期休暇久しぶりにカーチャンとデイト「オヤジ・お袋、そうして初盆の社長(故西海義治のお墓に現況報告)のお墓参りに行きます、ご利益ががありますように「イッパイお願い」をして来ます。
                                                        t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-13 05:18

「高橋鉄郎を囲む会」発足

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・・・今日ヒョンナことから西宮苦楽園「Kagura」の山岸社長のお声かかりで「高橋鉄郎を囲む会」を有志で開催致しました。世の中面白くないご時世、笑って元気に美味しいものを囲んで話合いを楽しくやろう「少しぐらいお金が掛かっても死んだら持って行けない」それなら美味しいものを、楽しい酒を、出来たら良いなー、山岸社長そうしてK&K川本社長の発案で試みを、写真は勢ぞろい
高橋オンタイ・山岸社長・川本社長・金澤さん・飯さん・秘書の長尾・岡村さんそして平井、たまたまですが高橋さんのいえの近くの「Kagura」で開催していただいたのです。
 これからは、今日の宣伝費をお返しする事を川本・飯原・平井で企画します乗って下さい。
写真は高橋ブシの独演会素晴らしい
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山岸社長のお店垂水・大阪豊中・西宮苦楽園・神戸三宮にある「Kagura」美味しいものを㈱宗味の料理長木田さんのパホーマンスで楽しいひと時を「素晴らしい」
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 木田さんとファイヤーTHEファイヤー木田さん逃げてる!!!     t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-09 23:39

チョッと一服

・・・またまた出ました漫才コンビ、宗和と多田の思い出である・・・
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 この二人にはヤマと言うほど思い出がある
 ①多田がレース(チームモリワキ)で大怪我をしてレースを断念していた時再度悪魔の手が囁いた「K」え
 ②KIYOさんが「カワサキをお立ち台に上げた」宗和ジャィ、ヒーさん走らせてと「K」え
 ここで耐久コンビが出来上がったのである、事実良い意味二人はカワサキで良く走ってくれた、タイガー宗和と呼ばれカワサキのエースライダーにまで成長したのである。
 一方多田もベテランライダーとして開発・テストライダーとしてカワサキにはなくてはならない人材になっていったのであった。
 
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 ただ二人には少々紳士の要素が私には無い様に思えて何時も、ライダーは「品格」であると教えたのであるが意味を取り違え、勉学に励んでいたように思われる。
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 少しずつ思い出を手繰り寄せてみたい。t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-08 07:54

「カワサキの思い出」⑥

・・・いやー暑い毎日が続いております「暑中お見舞い申し上げます」 鈴鹿8耐も7月25日無事終わったらしい今年もホンダ一色の様子、何か燃え上がらないなー、昔は燃えたもの俺流の「スピード・スリル・S◎◎」がレース・・・ジャイ・・・あほな事言わんと行くぜ

・・・1974年Z1000耐久のカワサキをアピールZ1である・・・
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 この頃からゼッケンは 7 ヤッタンヤー
今なおモーターサイクル史に名を残すゴデイエ&ジェヌーこの二人のフランスライダーによる’74年のボルドール24H耐久(仏ポールリカール)で勝ったんやこのマシンが、そうしてその翌年からカワサキカラー「ライムグリーン」になって行くのである。

・・・1975年H2Rこれが「グリーンモンスター」それこそ世界を走ったファクトリーマシンである・・・
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 750SSをベースにしたワークスレーサー、活躍は国内だけでなくデイトナ200マイルにまで及びそれこそ恐れられていたのだ。
 写真は初期型らしい、見てみてスポークホイールこのマシンはテールの形状が前期であり後期モデルは変更されたらしい。
 カワサキの凄さはエンジンがこのマシンはほとんど量産のものであったことである

・・・1975年KR750たった一回の優勝のみで消えたマシーン・・・
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 こいつは不運なマシーンであった様子である、しかし、大器であった、H2Rを水冷にしてよりハイパワーを達成したが’75年アッセン(オランダ)で行われたフォーミュラ750チャンピョンシップにおいて、Y・デュハメルが乗り優勝したが、その後、’76年にデイトナで、2位になりチャンチャン、しかしカッコー良い惚れるぜ。

・・・今日は10:00~ NPO法人THE GOOD TIMESの理事会久しぶりである、これも暑さの加減か?事務局の怠慢か?今日の私の自慢は「メグロ・カード」が50を超えたことである???今年中に200を目標である、皆さんとの約2時間のミーティング何が飛び出すかな楽しみである・・・    t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-08-01 04:48