Team Green

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「カワサキに想う」23-10

 そしてレースはスタートしたのである

スタートは調子よく2番手キープ先頭はホンダのアベチャン僕2番手?しかしである除々に離されながらも2番手をキープ3番手のスーパーモンキー福井 正のスザマしい追い上げに合い差がちじまる一方(サー始まり始まり)3周目のS字コーナ2ッ目でスリップダウン(これ正式には転倒)マタマタ人間とマシンはガードレールに挟まれ意識不明少し後ろを走っていたチームメイトの河合初志選手もレースを中止直ぐに助けてくれて(これは違反である迷監督なら罰金もの河合選手は一つ順位が上がったシメシメである、しかも自分が行っても何にも出来ないのである、後ろから見ていたらよほど派手にヤッたんや?)
 そのまま救急車でメデカルへ直行「意識が少しモウロウトしている中」背中が猛烈に痛い「助かったと思ったら」又意識不明になったんや・・・
 医者の「聞こえますか?」との声に目が開くと近くの救急病院らしい、医者が「どこか痛いですか?」「身体全体」「一番痛いところは?」「身体全体」「足は動きますか?」「身体全体が痛い」というと、ヤット移動式レントゲンを持ってきて、クランク式簡易ベットを起し始めたのである。
 ところが背中に強烈な痛みが走り、垂直になった身体を支えきれずに「無理無理痛い」とと呻く「オーバーやな」と看護婦さん、その時の看護婦さんの顔は忘れない「心の中でホンマやボケと囁くしかなかった」レントゲンをとり終り、呼吸をしても背中が痛くオマケに胸まで痛みが走り上を向いても横を向いても、痛みの落ち着く所は無いぐらいのダメージだった。
 寒い3月だというのに汗だくの有様・・・レントゲンを見ていた医者の不穏な動き「もしかしてただ(多田)ならぬ事態が???」先生にレントゲン写真を見せてもらってビックリ背骨の6番から9番まで形が分からない、オマケに肋骨9本(ロッコツは6本と違うのか?)鎖骨左右、左の肺は胸部を圧迫したせいで血が溜まり息が出来ない(息せんかったら死ぬがなアホ)
 こんなに大破した身体は当院ではダメ、大きな病院(三重医大)に転送されることになったのである、ここには整形外科では指折り凄腕の塩川先生がおり、2週間程綿密に検査、資料を集め手術がイヨイヨ始まることになったのである・・・
 ・・・何でこんなにレースの話が多田の病院の痛い話でハズムのや解からん・・・マー書け書け言うから続けるが???・・・
 手術が始まり麻酔が効いて痛くないのに意識ははっきり目は覚めているのである、医者の話で背中が開いているらしいが、口には酸素吸入の管がのどの奥までかなり気分が悪かったのを覚えてる。
 9時間もの(8耐だったら終わって一時間後)大手術ヘヤに帰る前に麻酔がとれ医者が「水を飲んだらアカン」俺は一気飲みをやってやった・・・
 何日か経過した頃病室のテレビはアメリカのレーガン大統領がピストルで暗殺されかけたり、石原裕次郎が大動脈破裂で病院に運ばれたり、今年は大物が病院の世話になるンや「ワイも大モンや」・・・
 入院生活には多くの人にご迷惑を掛けました、森脇社長・奥様の南海子さん・チームの皆んな・スズキワークスの伊藤 巧、鈴鹿レーシングの山本・富田、ソウソウ チュニングの神様ポップ吉村社長までお見舞いに「ヤッパ俺は大物や」嬉しくて未だに覚えております。
 病院では南海子奥さんが「何か食べたいものは?」「松坂牛のステーキ」しばらくして病室がステーキハウス
「美味しかった松坂牛」その肉のお陰で2ヶ月で退院一年間神戸~三重の通院2週間の入院で背骨の背推保護のステンレスボルトヲ外し完全な漫才師不死鳥多田喜代一が復活を果たした’81年夏の8耐物語の終焉である。
 アア良かったこれで終り、又、レースの話に戻れると思いきや・・・ここで迷監督が顧問をしている石屋モータースにお世話になることになりました、これからがオイラのカワサキワークス物語の始まりや・・・だってサ・・・

てんとう虫のサンバ物語写真が無い彼のアルバムから
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 これは、カワサキレーシング第1回のOB会芦屋竹園(巨人の常宿)の時のスナップ、キヨさん・多田・宗和・平井皆んなお若い

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 これはどうやら石屋モータースの慰安旅行の時のスナップ、佐藤ライダー兼メカ・平井の愚妻照れるな・多田の3人である。

 これからカワサキの話だって・・・終わらないここからカワサキのマシンをどれだけ壊すのかな~、しかし、今なお健在である正に不死鳥多田喜代一である。                      t-hirai

追伸 PCこれからチエック次が来るまで、2~3日オヤスミしますよろしくお願い致します。
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by toshi-hirai | 2010-10-30 05:59

「カワサキに想う」23-9

・・・多田は、てんとう虫や恥ずかしくも無く「てんとう虫のサンバ」を大声で歌っているような調子である・・・
 モリワキレーシング1980年この年エントリーは3戦、しかしである、初戦は公式練習で転倒リタイア、第2戦は決勝でリタイヤバーストによる転倒リタイヤ、3戦エントリーでもう早やくも2戦転倒(ナにやってんのや)森脇社長もあきれて物が言えんのと違うか?3戦目は前回書きましたが自身2回目の鈴鹿耐久8時間レース予選・決勝共に10位入賞でした。
 
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 シーズンオフには、鈴鹿&中山等のローカルレースで実戦トレーニング、そうして迎えた1981年待っていました(てんとう虫)の出番、全日本第一戦鈴鹿2&4、多田喜代一F-1クラス久しぶりのレースウイーク、マダマダ寒さの残る3月の鈴鹿サーキットに午前の予選が始まりました。
 いつもの調子で1周目から快調に飛ばしアクセル全開段々とタイムも上がり予選の終了間際には2番手のタイム(そこで止めとけ)ポールポジションは、HRCの阿部孝夫・3番手にはスーパーモンキーの正さん(福井 正)その後は植田幸也・木下 淳 ・・・
 午後には、気温も上がりもう少しタイムがあがりそうなので(止めとけ止めとけ)ヨッシャ(止めて・・・愛しているなら~)イッチョ気合入れていったろか???アア~ア行ってしまったのである。
 午後の予選スタート1周目2周目(知らんぞアホ)快調に(サーボチボチてんとう虫のサンバの始まり始まり)
3周目が過ぎ4週目ヘヤーピンに入ったときに(イヨイヨ始まった)開け開けの200Rでフロントが切れ込み転倒・・・そのまま自分と(ワイやろ)マシンと諸共ガードレールへ、マシンは大破ガードレールに止めてあったセエフーティーパッド(ウレタン)4ッが燃え上がり、コントロールタワーでも見えるくらい(自分がわかるか???
お前は転んでいるのやろ?)自分はガードレールに強打したくるぶしを4針縫っただけ、しかし、これから始まる大事故の前兆であったのである。
 マシンはメカの努力で完全に修復、自分の足のハレと、痛みだけが残っているが、とりあえずブーツは履けたので包帯と痛みでファスナーが上がらないぐらいのダメージでありましたが、いくらテープでグルグル巻き、したものの当時押しがけスタート、自慢ではないが出来ない。
 しかも1000ccのモンスター社長に恐る恐る押しがけが出来ないことを話すと、社長が何を思ったのかコントロールタワーに出かけ、協議役員と色々掛け合ったらしい結果、多田の足を考慮して押しがけスタートがエンジンスタート方式に変更。
 森脇社長のレースにかける情熱当時の役員&ライダー・スタッフのオオラカサ(これには私もコークの足の怪我をしたためスタートライダーをロブとチェンジしてもらったことがある)アア~ァ、アリガタヤ・アリガタヤ・・・・                                       t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-10-29 20:51

「カワサキに行って来ました」

・・・皆さんお慶び下さい、今日カワサキに行って、KMJ Nさん、Kさんにお会いしてお願いをして来しました、来年3月4日(金)は既に調べていただいており工場はOKを戴きました。
  お二人とも、快く工場見学、歴史車も、しかし、4時間も工場で何をするのですか?工場見学は約1時間半でOKですが?ナニ見るんですか?・・・ナンやろか?歴史車やろか?僕は時間があったら何時間でも良い見せて欲しい、お願いしますと頭を下げてきました。
 その他のお願いはこれから詰めてくれるそうです。、KMJのおっしゃる事には全面服従します???どうやら皆さんの希望の半分は今日出来ましたご安心下さい(工場・歴史車・ミュージアム、チョッと聞き逃したのですが入場券50人分上げますと?言われたような?)皆さん予定は入れて置いてください。
 昔の(怒られる)人たちにも着々とOKを取っております、今日KHIでは久しぶりに皆さんに歓迎されました、ありがたい。
 元KRTのY監督、設計のO課長(GPマシンの設計)KMJのN元監督、三人ともカワサキになくてはならない人材です、それから今年のレースマシンともご対面~凄いなめても良いくらい綺麗だった、あんな凄いモンが走っているんや、なんでや?????
 僕の時代、車輪とエンジンがあったらエエネン、ハンドルなんかイラン腰や???(それは無い無い)その気持ちが大切な時代だったんや、それで走るは「アア~恥ずかしい」・・・
 カワサキは素晴らしい「僕が言わな誰が言うねん」しかし、油断大敵、他の人はもっともっと前に前に歩いているはずや、当たり前のコッチャ!!!・・・カワサキが凄いのと違う日本が凄いのや日本人が凄いのや、その中にKが・Hが・Yが・Sがいるんだ・・・

 それから、初め25人定員で始めましたが、rfuruyaさんにどうせやるならもっと多くの方に喜んで貰ったら、後援を快くお受けいただいた理事長さんに言われたら頭が上がらん。
 ホテルの懇親会場が少し狭くなるかも?我慢してください押しくらマンジュウ、これまた楽しいものでは?多くのお客様とご一緒にお越し下さい。
 約束どうり来年1月10日NPO法人THE GOOD TIMES(TEAM GREEN)・兵庫メグロ販売㈱・協賛各社ホームページで募集始める予定です(40~45人ではと思います)
 この次から、内容が出来てくるたび予告編をやります、これを見て改善策があればアドバイスを、まだ時間はあります修正出来ます、以上今日の報告です。
 今日は写真がありません、多田の写真でもご覧下さい
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                                                       t-hirai

追伸 大変ダーPCが勝手に切れてピピピと音がする、もうだめか?少々困ったことになりました。
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by toshi-hirai | 2010-10-26 23:02

「カワサキに想う」23-8

・・・今日は予選の夜の出来事ソレハネ同じチームメイトの真田哲道さんのオゴリ、寿司屋さんでご馳走になっていると、そこえ、キヨさん・エディドーソン・徳さんの3人で同じ様に英気を蓄えに寿司屋さんに、ところがである、店に来ていたお客さんがエディにチョッカイをかけて来たので徳さんが切れて喧嘩になった様子である、そこでキヨさんが止めに入って事無く収まったようである。
 俺、結構緊張していました、エディをかまうトクちゃんの「男カワサキ」(オイオイそれは違う切れたらアカン、カワサキのライダーは笑顔で謝るのや、これが「男カワサキ」迷監督の教えである)
 さて、ホンチャンの日、今日も晴天(暑さ厳しい)これ以上無いようなレース日和スタートはご存知ルマン式、わがチームはファーストライダー多田喜代一セルの無いマシン、オシ掛けでなくキックで始動することにナリ、11時59分50秒カウントが始まりスタートランプが10~9・8・7・6・5・4・3・2・1・0グリーンだイヤー心臓が鼓動が頭を叩きヘルメットの中で自分の呼吸が波打つのが解る(ええカッコ言うな)サー富江選手が支えるマシンに駆け寄りキック&スタートとシナリオは10番手というシュミレーションところがであるが、キックするとマシンが前え、チェンジが入っていたらしい、焦り焦り全車スタートをしたがわがモンスターはチェンジが抜けないとうとう押しがけに変更ところがである、オフシャルに止められ全車1コーナーに消えてからのスタートで思い切り焦り1~2周で徐々に落ち着きを(良かったタイヤが温まったヤンか)それからの追い上げ
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スプンコーナーの手前でカウルからヘルメットを出した途端(サーきましたぞ・・・)大きな虫がヘルメットのシールドにへばりつき思わず左手のグローブでシールドを拭いたところ全面磨りガラス全く前が見えない何度も拭く位置を変え又追い上げに(カッコいい)そこで一回目のライダーチェンジ
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ところがである何周か走った所で富江選手が帰ってこない・・・転倒か?と思いきや帰ってきた30秒遅れ、どうやらヘヤーピンで転倒(お株を取られたな情けない)らしい。
 今日は調子が良い
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余裕のヨウコチャンウィリーで追い上げ???
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イヤー素晴らしいライデングホーム、このまま調子よく繋げとの作戦を社長が、7時間経過総合6位ナンとワークスを向うに回しての大健闘意気もアガッテ来た処がである、スプーンコーナーで他車に追突転倒、メカニックが走り回る富江選手がピットに帰ってくる、ワイはライダーチェンジしたばかり、裸の王様
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 ワイはツナギを、メカニックは修復とりあえず走れるように治してもらいコースインところが転倒の影響でカウルがばたつき、しかも、乗りにくい次のピットインで大修理をするらしい、最後のピットライダーチェンジと想っていたのに、森脇社長が「多田お前が行け」
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ヨシャイッチョ(アカン・アカンそのままで良い)
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二人で頑張った(カッコいいヒューヒュー)色々アッタが10位をキープ無事完走ヨカッタ~
ヨッシャ来年こそは!!!!!
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イヤー頑張ったな~お前が転倒しなかったらモンスターもワークスマシンに互角に(ゴメンモンスターもワークスマシンや)チャント走るのや、しかし、ウィリーでの追い上げは感心せん、エヤーを吸ってエンジンが不調になる、又、クラッチが?しかし10位良かったなー

 これで多田の想い出、終りかと想ったらこれからだとさ、そうしなければ迷監督が出てこない寂しいだろうだとさ、それでは続けようか・・・・・                                                   t-hirai

 眠たいです明日修正します、おやすみなさい
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by toshi-hirai | 2010-10-23 21:10

「カワサキに想う」23-6

・・・おはようございますバックバック、皆さん23-6にバックして下さい。
 あの多田喜代一持ってきた写真が2たつ前の写真そうです、迷監督のもとポイントを取ったレースの想い出である。 
 相棒のみっチャン(斎藤光雄耐久の勇2年ぐらい前まで走っていたのと違うか?)
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・・・そしてテントウ虫のサンバ見えるかな2コーナーでハイサイト「見事な草むしり」ワカルカな~監督の嘆き
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 なんてコッチャこともあろうに「スペシャルの看板めがけてスライデング」何処まで目出度いのや・・・
 チョットだけ会社で飛ばしました、後は家に帰ってからにします。                t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-10-23 08:19

「カワサキに想う」23-7

・・・今日多田が来て「写真持ってきた、オマケに皆にケーキの差し入れ」「アアコワ」「オイ皆ンナやめ・・・」そんな失礼なこと口が腐っても言わない。
・・・多田君安心セーところで明日は出勤、又、朝も早いが、一回分ぐらい今日書いてみようか・・・
 ついに、1980年の夏「鈴鹿8時間耐久オートバイレース」サーキットに炸裂する夏の祭典モリワキレーシングで世界選手権にエントリー出来た~のである。
 第一ライダーと富江昭孝&第二ライダー(ソウソウ我らがテントウ虫、男の中の男)多田喜代一その人であるその時、彼はB級昇格した翌年である。
 イヤー、イルワ、イルワ、外ジン選手がずらり
 グレーム・クロスビー ・若きスペンサー ・ハンスホード ・クリスチャン ユゲ ・ローソン(コンビニと?違う違う)エディー ロソンや ・チームメイト、マーク フォンタン ・デビット ・アルダナ等々ソウソウたるメンバーである、空は晴天・心バンバン、わが森脇社長率いるチームも調子よく予選を走行、メカニックの佐藤さんからお褒めの言葉を???戴くほどであった
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 佐藤健正一番左の方(現オーバーレーシング社長、森脇レーシングのチーフメカ)、このときは本当に二人とも調子が良かったらしい。
 調子屋喜代一、よせば良いのに先輩のトク(カワサキのライダー)に恐れ多い、走りを伝授したつもりで引っ張って走ッタのだが、ピットで森脇社長待ち構え「アホ~」「予選中になにやっとる、よそのライダーにアドバイとは???、本人は先導してラインを教えたつもり(多田の名誉のために少し褒めてやろか、アイツ自分は良く転ぶくせに、喋りはセ二ァ、そうして調子に乗って行くタイプのライダーだった、そこが素晴らしい男である)
 しかし、やりました60台中タイム 2分21秒前から数えた方が?10番手だった、ナヌー、11番手にアノ
フェディースペンサーでした、10位といえば、ワークス5メーカー2人としてもワークスに殴り込みやったなー
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 同僚のAMAライダー デビット・アルダナ、多田26歳真っ只中の8耐だった。
 耐久予選の夜同じチームの真田哲道さんに寿司屋に連れて行ってもらい、そこでキヨさんエデイー・徳野さんが来て寿司をほうばっていたら、お客さんがエディにイチャモンをつけ出しトラブル(一方的に客が喧嘩を売ってきて、トクと喧嘩になったたらしい・・・・)ドウナッタかなー・・・乞うご期待であるチャンチャン t-hirai

 追伸 眠たいからこれで終わろうと結んだらご丁寧に多田からお電話、俺の朝早いの知とるやろ、遅くにスミマセンも無くアアやコウや、煩い多田喜代一君(今はこれを見ているから特別に君付けや)マー煩い煩い、やかましい電話代どうするのや、もう寝ろ~
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by toshi-hirai | 2010-10-22 22:26

コーヒーブレーク

・・・今日は朝から大忙し、午前中NPO法人THE GOOD TIMESの理事会「カワサキの想い出」そして「未来」
のカワサキ明石工場見学の説明、後援依頼をを皆さんにお話をして「OK」を戴きイヨイヨこれから行動開始、午後「ON・ANY・SANDA」の見学非常に面白い光景が展開されて、久しぶりに興奮、レースの持つスピリットの大切さを切実に思い知らされた半日でありました。
 まずはピット訪問60おじさんにrfuruyaさんが書いたブログの話をしたら、帰ってから見ますとのコト
 早速4人の記念写真、左から野宮・平井・山本・立脇(全員カワサキを代表してレース活動を背負って来たツワモノである)
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 丁度全員の集合写真私も参加大声を張り上げました、沢山の愛好者の集りだった
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 面白いマシンまずは’78年竹沢仕様の後輪17インチ,、何故17インチか?竹が小柄だったから足つきせいUP、17インチなんて言うホイルなんか無い(タイヤなんか無いそうである立脇選手の愛車)
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 見たか、見たかなんとW-1MX改が走るのである、実はエントリーの社長(カワサキ正規取扱店)が神鍋でのMXGPの時にW-1改に乗ったのである
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 サー今日のコースは?あそこで抜くようにここで開けるように、作戦会議右から山本・立脇・野宮
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 往年の60おじさん未だに健在素晴らしい横顔、僕より10才若い60おじさん若いもんである
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 カワサキの黄金時代を担った二人の若者(右野宮・左立脇)未だに二人の顔を見たら元気が出る
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 その二人のスタートの直前、余裕のゆう子ちゃんである
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 そして二人の走り、実は毎回TOPが交代して、楽しんでいたようなそれでもブッチギリ、今は三樹が前
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 セニヤクラスのスタート風景、60おじさんさすがだメカニックかソバに
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 60おじさんブッチギリのTOP後ろが居ない
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 イヤー皆んな楽しそうに、自分の力を精一杯出し切って走り満足な顔・顔・顔、素晴らしい一日だったようだ、それにしても60おじさん車を降りたら腰は曲がりヨチヨチ歩き?それが、どうして、車にまたがったら姿勢もチャント、走りも早い~イヤー恐ろしい、それに負けずと若い?お二人さんも、どうして・どうして速い速い、イヤー驚いた、たまげた今日の出来事でした。                   t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-10-17 18:04

「カワサキに思う」23-7

・・・念願のモリワキレーシング森脇社長から電話を頂いた、翌’80年年頭に初めて鈴鹿でのスポーツ走行テストに呼ばれ走る事に、しかし、あまりの寒さに10周も走れず(手が、特に指サキが感覚がなくなりアクセル・クラッチ・Fブレーキなどの操作がママならない)テストにはならんかったのです。

 イヨイヨ’80年のシーズンの幕開け鈴鹿での緒戦にエントリー、喜び勇んで鈴鹿入り(神戸から鈴鹿に移動中にも夢見る心地で連想、ポールポジションで手を挙げオマケにゴールで両手を挙げて1コーナーにテナこと考えて居りました・・・だとさ甘い甘い)

 さてさて、鈴鹿に入り急いでモリワキのピットに・・・オオット・・・モリワキモンスターZ1000レーサータイプでは無く変わりに自分(?ワイやろ)の乗るマシンはアップハンドルのモリワキZ1000スーパーバイク仕様でした(森脇社長は良く多田のことをご存知である、高価なマシンに初めから乗せれるかい・・・文句言うな・・・)
 早速レーシングスーツに着替え、午前中の公式練習にトライしたのですが、走行間もなく(サー来ましたぞ)ダンロップブリッジの下でテストで乗ったモンスターと同じ様に(バカやナー)アクセルを開けたらリヤータイヤが大きくスライド「アット言う間にハイサイド」、マタマタの大転倒(アアーヤッテもた)身体はコース上に叩きつけられヨツンバイから後ろ向きに滑り、ブーツのかかとが路面に引っかかった途端バクテンを2回ようやく芝生の中で止まると言う大転倒(自分のことよりマシンのことは?)、マシンはメカニックの力で(今のオーバレーシングの社長佐藤健正氏も修行中で居られた)午後の走行までには回復、ところがである肝心のライダーが右手首骨折結局モリワキレーシングでの初戦では本戦で走る事無くチームスタッフ・メカニックに迷惑を掛けただけの鈴鹿が涙涙で終わりました・・・

 ’80年鈴鹿200マイルレースにモリワキモンスターで(ヤット念願のマシンに)・・・公式練習から快調に走り、なんと予選も2位セカンドポジション(P.Pはアノ木山賢吾)決勝もスタートはポジションどうり2位発信周回を重ねて居たのに(???サー来た)何故か?フロントタイヤがブレ出したのである。
 直線はなんとも無いのだがS字コーナーや最終コーナーでフロントが暴れだしピットイン、フロント周りをチェックするも原因不明(燃料を補給して)ピットアウト順位は2位から6位まで落ちており、追い上げを計るもオヴァーペース、1コーナー入り口でフロントブレーキをかけたところフロントタイヤが今度はバースト・・・
マシンがムックリ起き上がり、真直ぐにコースアウト、マタマタ大転倒・・・リタイヤ・・・原因不明・寂しい・悔しいリタイヤでありました。

 迷監督に言わさせて戴くと「アホや」の一言である、森脇社長良く辛抱していただいた普通なら乗せてもらえない状況では???

 しかし、B級に昇格して初めての鈴鹿8耐に乗せてもらったのである、次回は本当に乞うご期待ですよ~
 「今回は転倒物語写真が1枚も無い」
                                                         t-hirai
 
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by toshi-hirai | 2010-10-17 07:03

「カワサキに思う」23-6

・・・多田も’79年たった2回のレースでポイントも取れ目出度くB級に昇格、この年も終了したのである。

オッッ、ポジション2番手(懐かしいピピピポーンとタイミングを合わせ押し掛けスタート)
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 出足好調トップでないか?マサかー
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オットチョッと待て前に一台これフライング違うか?
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 やっぱりカワサキやピットで腕組んで睨んでいる迷監督が居るだけで選手はアクセルを開けてしまうのである、アクスル〆たら焼きつく・転ぶ・アホ前向いて走れ・タイヤ温めろである。
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 4位入賞の時のライデング(相棒は本人は忘れたらしい???多分ミッちゃんだったんでは?)
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 ・・・迷監督が居るとえらい違いや(俺も自分本位やナー)彼B級昇格の年である・・・

 そうしてそうして、ビートレーシングで走っていた芸能人?千石清一にモリワキを紹介して貰いオーデションを受けることになったんヤー
 憧れのZ1000モリワキモンスター、あのクロスビーが凄いインパクトをバイクフアンに示した、あのマシンはどんなマシンなのか?どれだけのパワーを持っているのか?・・・もう直ぐ乗れるかもイヤー喜代一の小さい?????ハートは期待と、不安で胸いっぱい、興奮の坩堝にはまっていたのであった。
 イヨイヨ、鈴鹿でのオーデションのスポーツ走行、イッチョ前に自分のペースで走ったそうな、エンジン・マシンの挙動などを感じながら(ナンや小さいハート・胸いっぱいはウソかいな)アクスルオン・オフ旋回性能など?????感触を見ながら、案外小柄な俺にも乗りやすく、あまり疲れた感じもなかった(ご立派)
 この日のオーデションは無事終了、タイムは100%安全走行で2分25秒台(それで良いのだ、ちなみにクロスビーは同じマシンで2分16秒)だったのです。

 後日、森脇社長から直接電話で合格の通知を戴き、念願のモリワキ・レーシングチームの一員になることが出来たのです。
 お見事やったではないか?これからはワークスライダーやがんばらな、アカンね・・・ところが、ところがである・・・又、やってシモウタである・・・次回乞うご期待である。                t-hirai
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by toshi-hirai | 2010-10-16 04:23

「カワサキに思う」23-5

・・・多田て奴は本当に可愛い奴や、今日も会社に遊びに来て話をしていた時、私にお客さんが来たので「多田お前帰れ」の一声すごすご帰りました、部長に酷いのでは?とたしなめられ「多田スマン」と電話したところ「オジーちゃんの言うことで腹が立っては成長出来ない、気にしていないよ」だとさ・・・ヤット写真も届いた、かなり吹いても居た、大体がアツカマシイ自分本位の漫才師である・・・(誰でもソウカナー)

 今日はかなり長い間話をした、彼は5年の年月冷や飯を食べながら、好きなレースに青春を賭けて来たのである、彼の苦労話はこう言う書き出しだ。

 ’74年、予選は良かったのだが、本番ではマシンの信頼性・整備性に自分が欠けており(ドウ言うことやマシンの所為にするな、アアそうか自分に欠けているアカンのか?)結果を残せず全戦リタイヤと言う結果になりました・・・だとさアホラシイ・・・

 オオ、確かにポールである、予選は良かったンや
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マァマァ直線ではグリップを開けていたらしい、伏せている
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 ’77年それでも中山でZ650がタイヤノーマルで彼の成長に一役買っていたのだが・・・後ろに高野が?
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彼23歳の青春である・・・
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 コリャ全くのノーマルのZ650(ザッパー)、そやけどライデングスタイルはなかなかのもんやろだって???

 長い歳月は無駄に過ぎていなかった、この5年間が喜代一を成長させたらしい?本人が話して、本人が照れている、ハハハのハである・・・

 ’79年は全日本3戦にエントリー上位で2回完走、リタイヤ1回と言う結果、しかも、初めての8耐でクラス4位に入賞できたので、まずまずのシーズンだったと思います。
 ・・テナトコで続きは明日のお楽しみ・・・

 下の写真は同じく’74年第2戦セカンドポジションの写真です苦労していた時の勇姿を見てやってください。
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 喜代一の思い出は、なんで???が多いのかなー、ナンでかなー???ナデかなー???である。
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by toshi-hirai | 2010-10-15 21:18