Team Green

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「思い出」14

・・・「思い出」実は13回なのだが13と言う数字は私が昔から嫌いで「13の金曜日」は何があっても有休だった・・・14で行かせてください・・・レースでも13位にはチームグリーンの選手はだれもならなかった?・・・

 ところで今回は「ゼッケン1」塚本昭一(彼は生い立ちから私が付き合っていた、イヤだろうが真実である)の思い出である。

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・・・塚本昭一・・・努力の人・・・

 彼のレース人生の始まりは1977年金沢のバイパスオートから始まるMXのライダーであった
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 ジュニアー時代菅生全日本MX大会の雄姿である
 
 その男の人生を、レースで花咲く1981年チームグリーンが躍進する、彼21歳B級昇格の年に囁かれたのであった。

 彼は、悩んだらしい?がレースが忘れられなくて「男心に男が惚れて」をそのままに平井の呼びかけに明石に来たのであります。

 その昭一がこともあろうか右足のじん帯を壊してしまい「ライダー一巻の終わり」であったのに再起を果たし再び鈴鹿にヤマハに乗り(足を悪くしてロードに転向)姿を現わしたのである。

 当時チームグリーンは4時間耐久に必死に果敢に挑戦を始めようと考えていた矢先、昭一だけや、カワサキに勝ちを呼ぶのは(監督はエライ?)とさっそく相棒の三浦(オーバレーシング)を配し塚本&三浦組の4時間耐久にカワサキも馳せ参じたのである。

 塚本昭一も苦労があった様だが、1992年忘れたら罰が当たるF-1チャンピョンにカワサキを導いた昭一32歳の秋である。

 それにしてもオートバイが「好きな奴」39歳に山田&塚本でXFクラス2位総合でも10位?素晴らしい物語(53位?からの追い上げ2位)を残してくれたのであります。
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 現在50歳代まだまだ走れるぜ、私を含めて再起を図りたい(カーちゃんに怒られるかな?)これからが昭一の「お猿の駕籠屋でホイサッサ」頑張り人生の始まりである。

・・・次回思い出アラカルトを・・・

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by toshi-hirai | 2011-06-26 07:09

「思い出」12

・・・昨日は和田さんからの電話イヤービックリした・・・今日は、ヒロから山チャン(山本 隆)の思い出を・・・

 山本 隆 紛れもなくの数多くのカワサキライダーのルーツ(山ちゃんの先輩にひょっとして悪い先輩が4~5人くらい居たのだが?この話は当時のマネジャー古谷氏お任せして)
 
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 話をしだしたら止まらない山ちゃんである
 

 ところがであるお付き合いは長いのだが想い出となると???である、彼がお店を出した時に私は兵庫県を担当しており、お祝いにもかけ参じた一人ではあるが???思い出はゴメン

 これは私のチョンボでは無い、山本自身「世界の金谷秀夫や、日本一速い男 星野一義たちの様な成績は出していませんが「物静かで、ナィーブで目立たない男」と言って居る通り「目立たない」のである。

 しかし、MX/RR両方をしかもロードレースはカワサキが初めての挑戦ではなかったか?ここで山ちゃんにお願い、60おじさん(もう60おじいちゃんと変えては)として自叙伝をご披露してほしい。

 今、「オン・エニーサンデー」で山ちゃんの雄姿を目のあたりにして良く訓練されている彼の昔が???
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 このライデングホームをご覧ください、オートバイの乗り方はこれでなければならない「人馬一体」である(当然TOP白色のライダーです)

 今なお、60おじさんとお付き合いをしているが、彼は紛れもなく進化しているこれはなんなのか?昔の山ちゃんは何か自分が自分がと話を自分に持ってきていたが、今は違う・・・今はあなたは、あなたはである・・・紛れもなく進化している山ちゃんを目のあたりにする今日この頃である。

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・・・驚いた今なおスタートラインについたら山ちゃんだけメカニックがついているのである・・・

 山本 隆 忘れてはならない、これまた カワサキのナイスガイである。
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by toshi-hirai | 2011-06-19 07:11

「思い出」11

・・・こんなことお目玉覚悟で今日は和田将宏(呼び捨てゴメン)の思い出を・・・
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 和田将宏、この人がカワサキの全盛期を盛り上げた、しかも、量産の力を引き出した猛者の一人であることには間違いない(キヨさんは「和田はどんな車でも乗りこなすからカワサキのマシンは良くならん」と言うが、好いマシンが出来ている)

 ヒロが走っていたときは本当にロードレース全盛時代面白かった「男カワサキ」とまで評価され「男らしさ・イサギらしさ」がトレードマークになっていた、ヒロは乗ったらアクセル全開、他社との競り合いを毎レースフアンの前で展開したものである。

 「なぜ男カワサキなのかな?」 ソレハネレースに携わっている全てのカワサキマンが「女性大好き人間」だからではないだろうか?女性の話は後回し、思い出・・・思い出

①皆さん覚えて居ませんか?
  今17:24分に我らがヒロ本人から訂正電話を頂いた(お叱りを受けるのかと思いきや対戦相手のあの角谷新二は名前が違うとの事誠に申し訳ありません名前を訂正してお詫び申し上げます)
隅谷守男&和田将宏のCB500&HIRの抜きつ抜かれつ本当にすごい大バトル惜しくもダンロップゲートのところでヒロが転倒勝負あった。

 優勝かリタイヤか答えがはっきりしている「男らしさ」である

②何しろすごい・・・あのスピードの中でカウルとカウルが音を立ててぶつかり合う、これまたヒロとタカズミ(片山敬済を呼び捨てにするのは彼は私が神戸(営)時代の付き合いであるから)との大バトル、このときはまだレースが始まった時だったか、鈴鹿1コーナーに集団が突っ込んだとき、二人が接触、ヒロは再起不能とまで言われた大アクシデント首を骨折したのである。
 しかし、見事カムバックこれこそ我々に「男カワサキ」イメージを植えつけたのでは・・・

③笑い話を一つご披露しようソレハネ
  確か350Rで走っていたときか?見事優勝喜びのウイニングラーン、コースを一周、当時メインスタンド前に仮表彰台が運ばれ、観客と共にシャンペンの掛け合いを行い喜び合ったものだったが
  こともあろうか帰ってきて表彰台の前でジャックナイフをご披露、大観衆に転倒をお見せした、こんなお茶目な一面も・・・これが「男カワサキ」である。

④これまたレース前夜鈴鹿の旅館寿屋?の離れで和田・清原・故阿部・百合草監督、私はシモべでビール運び、ビールを飲み麻雀に没頭して翌日には、1、2、をやってのけたり、イヤー素晴らしい仲間である。

 「男カワサキ」ばかり書いてきたが、本当に異常なほどカワサキのレース関係者は???「女性崇拝」一派である。

 特にここに紹介した「女性大好き人間」今は若くて美人の嫁はんをはべらせ(×3っである)「男カワサキ」を地でやり通す「ヒロ」が今なお元気に頑張っているのである。

・・・「これもヒロの男らしさそしてマイウェー」「美人の本当にお美しい奥様」と仲良く二人三脚で・・・

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 若くて美人ヒロ自慢の新しい奥様との2ショット、皆さん羨ましいのでは???私は羨ましい

 ・・・しかし、カワサキのレースを話すとき忘れられない「ナイスガイ」である・・・         t-hirai
                                                                    
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by toshi-hirai | 2011-06-18 06:05

「思い出」10

・・・実は金谷(呼び捨てゴメン)が’70年代の初めころカワサキで走っていたとき、私はまだ神戸(営)時代で神戸スーパースポーツレーシング(KSSR)を設立して、12時間鈴鹿耐久レースやMXは竹沢・杉尾・吉田が所属していた頃である。
 思い出を手繰り寄せるため、木の実の新田さんに資料をお願いしたら、金谷秀夫「ロードレース入門」昭和55年の著書がお借りできた、私の思い出より克明なのでその一部をご披露したい。
 
・・・表表紙には “世界の金谷” 書き出しは、座右の銘 “気構え” で書きだしている
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 気合の入った顔である

 彼が初めてプロとして契約をしたのがカワサキ、当時MXライダーでカワサキと契約して走っていた同じチーム「木の実」の山本 孝(60おじさん)・歳森康師(六甲山の仙人)その歳森から、カワサキがロードレース90ccクラスにワークスとして参戦するらしいとのNEWSから紹介され契約をした。

 昭和39年当時19歳の紅顔の美少年???契約金24万円(2万円/月)年代から行けばそのあと星野一義・安良岡 健 が契約、カワサキもイヨイヨレースを始める気持ちに・・・

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左から星野・金谷・新田(チーム木の実を支えた一期二期のツワモノ星野氏は木の実とは?)3氏である

 昭和45年にカワサキからヤマハに移籍した金谷は河崎裕之のサポートライダーその年河崎はチャンピョンに、続けて昭和46年金谷が全日本チャンピョンに輝くそのご褒美にMFJが派遣していたヨーロッパでのレース見学・・・ところがであるヤマハの誇る空冷のTR3がTZに変更され水冷のエンジンがデビユーされた時、金谷は見学旅行に250・350ccを持参ヨーロッパ修行となったらしい。

 その当時金谷の良きライバル、ヤノ・サーリネンと同じヤマハで常にTOP争いを演じていた相棒、二人してヨーロッパに遠征、空冷250ccに二人が乗れば水冷350ccはロドニー・ゴールド&バリー・シーンその反対もあったらしい、金谷は全日本チャンピョンのプライドにかけても負けられない

・・・「気構え」+「運の強さ」=「根性」・・・
 レースを志すならこれでなければならないと力説している「世界の金谷秀夫」である

 
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「カワサキの想い出、そして未来」でご酩酊の金谷氏 司会の森田・越山のご両人



 ・・・今は亡きハングオンで初めて走った相棒ヤノ・サリネーン(フイルランド)の冥福をお祈りする・・・
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by toshi-hirai | 2011-06-12 07:32

「思い出」9

・・・サ~思い出の始まり始まり・・・
 先日の「カワサキの想い出、そして未来」に駆けつけてくれた旧友素晴らしいガイ、それぞれに一世を風靡した、イヤしているツワモノばかりである。
 
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 何時の写真か?皆さんお若い???
 左から60おじさん?こと山本 孝、カワサキのキヨさんこと清原明彦、後ろは想像も?、現在MFJロードレース委員長の杉本イソヨ、多田喜代一、宗和孝宏の漫才コンビ、あのルマン24Hで日本人ライダーによる3位の快挙を成し遂げた故武本実験研究部長、
着座の左からミスターヒロこと和田将宏、安良岡 ケン、平井、世界の金谷秀夫の各氏である。

 
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 ’70年代以降を盛り上げてきたツワモノたち、今回の「カワサキの想い出、そして未来」の出席者
 左からケン鈴木、百合草元常務、和田、清原、塚本、柳川 明、田中教世、梁 明、の各氏である

 今日はキヨさんの思い出か
 昔は命がけでテストをしていたらしい、なにしろZ/W、KRシリーズの開発テストを担当しており、思い出話に事欠かない。
 特に250・350KRのテストは過酷だったらしい、スロットルを閉じるとエンジンが焼き付き鈴鹿の1コーナー
130Rでぶっ飛んでも「キヨさん乗り方が???
 キヨさんの思い出にKR500の開発テストの想い出がRACERSにご披露されているので紹介しよう、
KR500は、誰にでも乗れるようなマシンではなかった、特にあのアルミタンクには参った見た目は綺麗なのだが乗ると擦れてツナギが真っ黒になる・・・それはともかく矢田部で最高速のテストをしたときやっぱりワークスマシンは早いと思われたが、一緒に持って行った量産のスズキRG500に乗って見たらKRの最高速が265km/Hが、RG500は285km/H 素晴らしかった、勿論我らがKR500もエンジン&車体も苦労した結果、コークがケン鈴木の下チャンピョンに輝いて行ったのである。
 今でも回顧している「お客さんに喜んでもらわなアカン」「ヤッパチャンピョンにならなアカン、それも2年は続けなアカン」「カワサキなら出来るはずや」と言い切る、ヤッパ カワサキのキヨさんである。

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by toshi-hirai | 2011-06-05 06:59