Team Green

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「コーヒーブレーク」7

・・・前回早々とブログで年末のご挨拶をしたものだからFACE BOOKにしようかと思いましたが、やはり使い慣れたこちらにします・・・
 それはそれはオモロイ集まりに出くわしました、さしずめ「オートバイ好き人間集まれー」てなところかな、何しろ・・・銘柄・年齢・排気量・性別・・・なんでもござれの軍団である。

 たまたま緑のジャンバーが目に入り駐車場に「ナンヤ平井さん」と声を掛けられた緑のおじさん、かっての同僚 坂本さん(彼もまたオートバイ大好き人間) 

 そんな中、「平井さん覚えているかい、平井さんのボロクスワーゲンのナンバープレート14-14(平井稔男のトシ-トシ)を取ってあげたのは私」と名乗り出たお顔には思い出があるのに(もうお一人も)お名前が解らない。

 マ~良いかとばかりに、オートバイ談義にしばし鼻(花)を咲かせ、勿論昔話も飛び出し失礼にもお名前を聞き損じたのが残念ではあるが、素晴らしいオートバイを愛する皆さんにお会いできたのはラッキーでありました。

 休日になると何時とも無く多くのライダーが集まり(ドンドダムの駐車場)、愛車の自慢話やら「オイ三木に行こう」ミニツーリングにと、愛車と共に目的もなく走り出すらしい「好きでなければ出来ない」素晴らしい集まりである。

 スナップをご覧ください・・・
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 何時とはなしにお集まりになる・・・友情が芽生えるところでもある
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かなりの年代ものベストセラーホンダのカブも仲間の一台である
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昔昔お友達だったらしい皆さん今度会ったらお名前を・・・緑のオジサンが坂本ちゃん
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カワサキの誇る「バルカン」 既に20万キロ走破されているらしいメータは95,000オバー3ン周目?
 1995年カワサキが満を持して発表したVツインエンジン搭載の本格派アメりカン

 イヤー素晴らしく良い仲間の皆さんとお話が出き、会社のイヤNPOの名刺でそれぞれに宣伝もした良き年末で有りました。

 皆さん今度はホント「今年も大変お世話になりました、来る平成24年も皆様ともども素晴らしい年になります
様、祈念いたしまして、素晴らしかった平成23年にお別れだ~」

 元旦に「昭一の思い出」が始まるよ~予告編でした・・・チャンチャン

                            元 TIME GREEN 迷監督  平井 稔男
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by toshi-hirai | 2011-12-30 07:11

「昭一の思い出」8

・・・ロードレースへの転機・・・

 平井迷監督から、退院して帰ってきたやる気満々の美青年昭一にこともあらうか「昭一お前田舎に帰れ」「何ぬかすこのおっさん」(こらおっさんとはナンジャ)イヤ~目の前真っ黒、将来を失い欠けた自分に監督は追い打ちを「先生が私平井に残念だが監督、この選手の将来を見てやってください」「このまま走らせて、もう一度この様になったら彼は自分の人生を終わらせてしまいます」

 (もうマトモナ足ではなくなると、私はそれを聞いた瞬間いつも思っていた・・・彼は早いからその速さに体が付いていけない、「コリャ駄目だ」いつも彼に体力増強「必要な筋肉を鍛えろ」と命令・・・彼が皆について行けない自分を見つけたように少々弱気な当時の昭一を・・・思い出しました。
 中深迫や菅原が1位2位彼が32位?これはあり得ない、ソレハネ速いが為にどこかで転倒遅れてしまうので有ります、上記の二人より速かったのに、デモ「私も元気に返ってきた昭一を走らせたかった」「彼の持つセンス」「彼の持つファイト」「彼の持つ力」に惚れ込んで石川県から来たのではないか、事実迷った私は苦渋の選択、彼に「昭一お前田舎へ帰れ」と叫んだのでした)

    ・・・ヒュヒュカッコいい、一番良いとこや・・・今思っても涙がチョチョ切れる・・・

 将来を失った若者がオートバイを愛する若者が辛かったやろう。
「自分の人生からモトクロスを取ったら何もないやん!」何故かしら会話の中で涙・涙の話し合い、潔く彼は私の話に承諾をして石川県に帰ることになったのであります。

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彼の名誉の為に・・・鈴鹿での優勝・・・の写真です。

・・・年末になりました、一人サムシくクリスマスイブ(かちゃん同僚と一緒に小豆島?)これがオイラのh23年の締めくくり、皆さん本年もお世話になりました。
 これから益々面白くなるであろう「昭一の思い出」を来年も引き続き続けますご期待下さい。

 末筆ではございますが本当に寒さ厳しい年末頑張って、輝かしい平成24年をご家族ともどもお迎えになられますこと祈念致しまして平成23年を終わりたいと思います。・・・お世話になりました・・・

 チョット早いかな・・・・チャンチャン
                                                 平井 稔男

 追伸チームグリーンの皆んなチームメイトの「小野 和人」が現れた、今チーム全体の名簿を収集している最中、情報が有れば私の所に誰でもいい「TIME GREEN」のメンバーなら情報を待っている。

 メールアドレス: t-hirai@jp.bigplanet.com

                                 初代TIME GREEN JAPAN平井迷監督より
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by toshi-hirai | 2011-12-25 08:26

「昭一の思い出」7

・・・1982年MXレース人生の終焉?

 この年も、平井率いるカワ販チームグリーンよりマシン貸与+テストライダー+レース出場と言う幸運に恵まれていたのだが・・・だがUSAのスーパークロスの影響でコースはかなりトリッキーなものになって行ったのであります。
 これは自分だけでなく全国的に怪我人属出、靭帯断絶損傷と言ったライダーが多く見かけるようになりました。
 この様なコースは思い切りジャンプを飛べば良いのではなく如何に安定して入いり如何に安定して着地するかにかかってくるのです、何時も迷監督が「頭を使え」と怒鳴る様に、まさに頭で走ることが不可欠・・・頭の悪い塚本選手にはチョット難しい・・・
 事実今までイケイケのライダーが勝っていたのに、学卒のエリートが優勝するようにMXも変わって行き出したのであります。
 こんな状況でなまじっか頭を使って走るからアクシデント、右じん帯に故障個所が見ッかり、地元の整形外科で手当てを???ギブスの固定だけで通院(治るハズが無い)2週間程で切れた靭帯はお互いにチジンでなくなる様子一つも治らない。
 神戸に屈指の名医が居られるとの事を先輩に教えてもらい、迷監督に連れられて神戸のカネボウ病院に、これまた困ったことになりました。
 名医のもとで手術をしてカムバックすることしか考え居なかったたのでありますが、先生は監督に「可愛そうだがここでMXを断念しなければ、もう一度このような状態になったら歩けなくなると驚かされ早速手術となったのであります。
 本人は何も知らずに病院で人気者車いすでウイリーをして自己アピール拍手喝采美人の看護婦さんにも人気者、「俺には神戸が似合う」と「神戸の人は見る目がある?」テナコトを考えておりました。
(これ監督譲りかな???)
 4ヶ月の充実した入院、イヨイヨ退院これからだ~と張り切って看護婦さんと涙のお別れところがドッコイ会社で平井監督から「昭一お前田舎に帰れ」ダトサ、ナナナント言うこと目の前が真っ暗(白くなかった)そうして「先生からのアドバイスを」聞かされたのであります。
 
 これで終わればチャンピョンなんか生まれない、それから何があったのか「人生は面白い」
                                    続きは次回乞うご期待である・・・
 
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ジュニヤー時代の昭一さん
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念願かなってジュニアーで優勝、着々とエキスパートに昇格の糸口を見つけた・・・
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エキスパートジュニアでの快調な走り
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よるところ敵なし・・・待て待て前に二台走っている?
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by toshi-hirai | 2011-12-23 11:02

「昭一の思い出」6

 1981年国際B級(エキスパートジュニア?)時の思い出は
 カワサキはモトクロッサーはUSAリンカーンの工場で造って居たものを国内で走っていたのです、あまり多くのマシンは走っていなかったので良く目立っておりました。
 丁度平井さんがUSAで活躍するチーム・グリーンを日本でもやってやろうじゃありませんかと言う時に、少々早い私塚本昭一に目を付けられた平井さんはマジお目が高い、ラッキーにも迷監督のもとでマシン貸与+遠征費支給+日当と言う好条件で全日本を走れることになったのであります。
 
 その時の仲間は、故菅原・中深迫・岡山・多田(洋)チームグリーン立ち上げの時期のソウソウたるメンバーであった(平井の独り言、ナーニぬかす・・・走っても走っても予選落ちのチームグリーンヤッタ「アホ」)迷監督の追い上げ、走っても走ってもOKが出ない日々、みんなお尻が剝け痛いのなんの当時の練習メニューをご披露しよう

①カワサキの寮で住んでおり、朝5:00に起こされ工場外周を2から3周ランニング約1時間の特訓
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 この時には既に昭一は故郷か?病院か?

②7時風呂に入って食事をすませ工場に

③テストのない時には迷監督+中岡+野宮各氏の発破で加西のコースで一日特訓、昼休み以外休みなし

④タンクのガソリンが無くなるまで一生懸命走れダトサ、コースの真ん中で止まったら車を押して来いダトサ

⑤基本∞字走行+スタート+一周10本、耐久(同上3本)、レース3本、これが1日のメニュー

 アアシンド~ しかし、早くなった私だが次の年(その恵まれた環境に私はついて行ける物ではなかった)耐久テストに行っても、ファクトリーとの合同練習にも「自分は全然駄目やな~」といつも思っていました。
 
 楽しみもありました、それはテストの日当で帰りに温泉で軽量化するのが唯一の楽しみでした、キチガイ特訓のメニューのお蔭で怪我をすることもあるのですが・・・迷監督「ヤッタか」だけ、おまけにアクセル開けんから転倒するのや「アホ」だけ(そんなことない、怪我の大小は額の汗でわかるんや)

 鈴鹿のレースは地の利で速い連中について行けましたがスタミナ切れで転倒・・・生駒の全日本では腕が上がりズルズル!バンクを曲がれず数メーター下の駐車場え落ちたり、なかなか結果にはつながらなかったのであります。

・・・この時には「死ぬかと」思いましたが、迷監督から「アホ」のみ・・・

 この年、B級 32位 中深迫 1位 故菅原2位 チームグリーンも速くなりました、焦りがさせたのかコースがスーパークロスに感化されタイトに変化したためなのか、益々私にはついて行けない状況に、このお話は次回に・・・

 (「昭一」俺は君の速さにゾッコンヤッタが、何故かイマイチ乗れなかったね・・・苦しんでいたんだゴメンな、しかし、鈴鹿で見たロードの君の走りに俺は・・・「早い昭一」をそこに見た、俺の目に狂いはなかったのである)


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これ1982年のマシーン?


 
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by toshi-hirai | 2011-12-18 09:16

「コーヒーブレーク」

・・・今年3回目の忘年会12月14日(水)「兵庫メグロ・神戸」の主催による忘年会が旧友により開催され「声を掛けられたので」ご本家が行かない訳にはいかないので、シブシブ(他に指導員部会の会があったのだが)そちらをリタイアかけ参じたのである。
 総勢6名一人30歳台を省いて、皆60代越えの集まりである、マー皆んな年を取って居た、驚いた、まずは皆の年齢談義皆んな63才を超えていたが元気にやっているこれまた、素晴らしい・・・

 内容はマァマァ同じようなもの近況を語り良く頑張っているナァ~で終わっているが、誰も引退は言わない、これはどうしたことか・・・日本の政治が悪い「今の日本安心できないのである」・・・

 60歳代の人たちは元気に明日仕事と言うのに12時迄話をしていたので、祭壇の写真を取って置いた、ご披露しよう。

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 みんな元気まだまだ仕事が出来る・・・俺がいないソレハねカメラマン

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かの有名なキヨサンちの前田さん「どこの女形や」

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これぞ兵メの古田店長・・・ヨウケイ利益があるそうな・・・油断大敵

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これぞカワサキセフテイーライダーズショップ釜崎店長・・・これまた持ち前の技術で頑張っている

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姫路カワサキ加古川店で頑張っている灘口技師・・・実は私の甥っ子今は他人(私は×イチ)

 こんなオジンの集まりである、あたしには話が合わないへへへ、歳が上とはソンである割り勘負け・・・

 若い一人も一緒だが恥ずかしいらしい、彼の名誉の為に掲載出来ない

 マー老いても盛ん時間の経つのもお構えなしに夜が更けたのである。

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 ・・・コリャまだまだ頑張れる「若いもんに負けられない」頑張れニッポン、これぞ元気なオジンである・・・

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by toshi-hirai | 2011-12-18 02:02

「昭一の思い出」5

・・・ヤッパ昭一迷監督の指示を徹底して遵守してくれる、忙しい中2時間寝るのを遅らせたなへへへそれでは第3話ご披露しよう。
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 「新車購入1979年」

 既に行きつけのバイク屋サンでもモトクロスに火がついていて、ツーリングクラブ「てんとう虫」に追加で、モトクロスチーム「レーシングチームてんとう虫」出来上がりました、寄せ集めのチーム各社のMXマシンが揃うとてもカラフルな20名程のメンバーで全員ノービスライセンスこれまた素晴らしい・・・

 ジュニア更にはエキスパートジュニアを目指し、練習+地方選手権+全日本選手権を求めて鈴鹿・愛知・新潟で行われるMFJ公認レースにチーム一丸となり参戦したのであります。
 次の年からはみんな仲良く各レースに遠征本当に楽しい私の青春時代、森田こういち一世をフウビした歌そのままでした。皆さん口ずさんで下さい???

 青春時代の夢なのさ~楽しい楽しい夢なのさ~、マシンもホンダのCR~125R素晴らしい~ニュウーマシン
おまけにフロント23インチー、これまた気合を入れました~これまた新車で良く走る~ 気合を入れてエントリー!けれどもマシンはトラブル続きー、レースに出る前にリィ~タイヤ、本チャン借り物の~KX125~
 借り物のマシンが良く走る・・・俺にはカワサキがショウに合っている・・・だからカワサキ大好きよ~

 チャンチャン(当時ホンダの2サイクルエンジンの完成度は低かった・・・今は違う)しかし俺にはカワサキが良く似合っていたのであります。

 しかし、どのレースに行ってもカワサキのライムグリーンは数が少なく、それがかえって良く目立って気持ちがいいんです。
 女の子にモテル訳はなく黙々とモトクロスに打ち込みました、その結果19歳で鈴鹿の中部選手権で見事初優勝、このレースであのレースアナウンサーが「若干19歳の塚本」と絶叫してくれたのだそうです。

 今では考えられないナゼ・・・今は高校生でプロですから・・・

 翌年ジュニアに昇格エントリーも125cc・250cc・オープンと3種目に出場、鈴鹿で2回も最優秀選手賞を勝ち取り俺にはセンスがあると粋がっていたものです。

 俺には125より250の方が成績は良かったように思われるが、この年の全日本選手権(GP)菅生では全国選抜の中部代表、ナナント・・・トップを快走控えめな塚本選手「俺がトップオカシイよな!?」テナコト考えたら見事に転倒7位に終わりました(迷監督は常にモトクロスはスタート勝負、目をツムッテ・・アクセルを開けろ!
ダトサ、又、あの有名な3周待ての命令その時に聞いていれば???)このときまだ平井さんとは出会っていなかった。

 俺はスポットライトが良く似合うライダー、この時も自己アピール出来る最高のチャンスを逃がした塚本少年?でした。

 少し時代は違うのか?
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スタートの瞬間
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 トモノービス時代の華麗なるジャンプ
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 チームグリーンのピット風景
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 そうです我らがショウちゃんチャンピヨンの時

 昭一の写真が実家で大事に保管されているらしい、写真が無いので・・・私のファイルから・・・

 昭一はお正月メールを送ってくれるそうである・・・その時ご披露致します。

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by toshi-hirai | 2011-12-17 06:49

「昭一の軌跡」2

・・・メッチャ言われたことが悔しくて「今に見とけ」テナコト考えたが、今思うと「そういう気持ちにさせて頂いた」と思っております。(昭一お前の「今に見とけ」がチャンピョンやええや内科・・・看護士さん居るで・・・)
 サーそれからが大変行きつけのバイク屋さんに行って「モトクロスやりたい」と車を物色ところがバイク屋の社長さん(今は株式か?当時は株式ではなかったが?)「レースは遊びにしとけや???本格的にやり出したら危ない」だとさ、サー俺の小さな胸?(ショウイチお前のはでっかい、大体鼻が大きいもん)に、「ヨッシャヤッタロウや内科」テナコトでヤマハの部品課にいた人の紹介でモトクロスデビューとなったのであります。

 初めて自分が手にしたMXマシンは中古車のヤマハYZ250、ミニバイクで遊びの経験はあったのですが、初めて買ったヤマハYZ250のパワーにはビックリしました!
 ほとんどアクセルが開けれない状態(アホ、アクセルを開けるから前に行くアクセル開けな転ぶで~)開けたら何処かに飛ばされそうで「メッチャコワイ」それはストレートでも感じるのです。
 それからは時間があったら車に乗る練習開始それはもう毎週だった、練習場は石川・富山県のスキー場上達したんだろう、少しずつアクセルが開けれるようになる。
 雨の降ったコースに誰も居ない、コースは雨で川のようなグチャグチャなコースに、何度挑戦しても転倒の繰り返しやってもやっても登れない・・・

 丁度苦しんでいるときに一人のライダーが来てイトモ簡単に一周目からスイスイ上るんです、しかも、ピットで話を聞くと、ナナント「ノービス」イヤー昭一さんの「悔しいやら情けないやら」「自分が下手なのが悔しくて腹が立って情けない」

 ・・・本気でチャレンジのスイッチがONになったのであります、自分自身に挑戦状を・・・

 (迷監督の想い出は、何やら石川県にメッポウ早いライダーが居るとの事、当時カワサキ特約店の「バイパスオート」に行き初めて美青年???塚本青年に会ったのが、彼18歳の時だったと思う、塚本青年の苦しみが始まったのはその時からであろう。
 それにしてもこれでこんかい送られたメールは終わり、これを約束通り2回に割ってご紹介しました。
昭一早く原稿書いてくれよ)
次回は17・18日2回分原稿が要るよ寝る時間を2時間短縮じゃ充分書ける、それに写真・・・頼むで塚本さん,
douyara
写真は全部実家だそうなお正月帰ってから?)

・・・写真が無いので迷監督の一番大切などこから見ても隙のない昭一のライデング素晴らしい写真を・・・
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これから何べんも出てくるであろう写真ですが見てやってください。

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by toshi-hirai | 2011-12-11 06:28

「昭一の軌跡」1

・・・やっと昭一から原稿が送られてきた、何やら忙しそうである(結構毛だらけハイ抱かれ」???)そうして今電話があった(19:46分)平井さんあれで2回分にしてね「忙しいねん」・・・甘えるな何様や俺に命令するのは10年早い(10年たったら俺極楽にいてレースしてるへへ誰が待ってるかな?)・・・何時間寝てるのや「7時間」、なに~俺なんか4時間・・・昭一寝すぎ「寝だめ食溜めは出来ない」俺のお袋の遺言・・・だから俺何時も速いのだ(親孝行)

 
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*これは昭一ジュニアー時代では?速かった俺が認める?

 それはそれは情けない生い立ちでした、ソレハネ、高校2年生の時から始めたモトクロス初めは面白半分にやろうと思っていたのですが、ある日学校の帰りにバイク屋のショウ・ウインドウに飾ってアッタ、MXに見とれていると、そのバイク屋サンで働いていた人が地元でトライアルをして全日本を追いかけている地元では有名なライダーだったようでした。
 俺すぐさま「僕はモトクロスがやりたい!モトクロッサーを乗りこなしたい」と訴えると「お前MXに乗ったことアルンケー」と聞かれたから「無いよ」て言ったら、ガハハハと一笑され・・・「MXなんて人間が乗りこなせるなんてものでない」「まして乗ったことのない「お前には無理」と笑われただけ、 もともと負けず嫌いの俺の事、そんなに言われて諦めたわけでもない、これからサルがひと暴れ・・・

 こんなに苦労したんだ塚本さん
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by toshi-hirai | 2011-12-10 20:37

「袖ケ浦マル耐」④

・・・オハヨウございます今度はしっかり目が覚めました・・・
 レースは私を虜にするとサッキ書きましたが、本当です、3Sに加え「サウンド」「ノイズ」が僕を引き付けるのであります。

 人間の持つすべてがそこに集約されているから「まさに人車一体である」その姿が何と美しいか、飛行機の容姿には何一つ欠陥があってはならないのだが、正にオートバイのレースでもその通りであります。
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こんなに重たいものが神戸~東京を約一時間で移動する、素晴らしい

 考えて走れ、
 「3周待つのだ」(タイヤが温まるまで)「アウトからインそうしてアウト」なのか、はたまた「インべタ」なのか、「ハングオン・リーンウイズ」なのか「リーンイン」なのか「リーンアウト」(これは無い)なのか瞬時にしてバランスを
・・・走法を変えながら「G」を抑えて走る、マシンの「力」を信じすべてを出すそれがライダーの使命・・・

 この様な状況下誰よりも早く安全に走らなければならない、難しいものでは無い?自分の持つ「力」を信じ、それを配分良く最後で使い切るそれがレースでは無いかな・・・

 転倒は何か無理があるから、ア・テントウなのである、テナコト考え「昭一お前は早いのだから3周待て」と言ったのにこともあろうに一周目(イヤ一周回っていない)菅生の2コーナーでボーと立っている。
 その昭一がチャンピョンを取ってくれたのである、ソレハネ・・・それから長い彼のレース人生でスタート直後の転倒は無いからではないか?緩急強弱を持って全力で優しく走る、女性を愛するそれである。
・・・また出てしまった、俺は変態か?イヤ正常である・・・

 サー続けます

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スタートが切られたのである、これから3時間の戦いが始まる

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 このコースは唯一ホームストレッチが正に一息入れる場所であるのに皆んなのライデングホームを見てごらんコリャなんや、タダボッートカラダを起こして走っているだけ?迷監督の指示は、身を伏せてサインをゆっくり見ながら、アクセル全開で1コーナーにアウト+イン+アウトまたはインベタ、周りには誰もおらんTOPやそのまま飛び込むだけワカルカナ~・・・ちょっと待って~この場面赤旗が出ていたのではハハハのハてなもんや!ゴメン しかし、どの写真を見ても前傾が足りない「コワゴワ」走っているのだ~
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そうして3時間 目出度く終了
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ピット前に頑張ったマシンが勢揃い、待った~ホンダが・ヤマハが居ない確か「THE GOOD TIMES」のチームにもHがYが居たのに走ったのにおつかれ様には居ない(走らなかったのかなー)

 我々のコンセプトは「異種・異質・異地区皆んながトータルシステムを演出するのでは?」チョット違うかな?

 しかし、クラスで2位・3位(総合優勝は岩城サンのチームがダントツこれまたカワサキ素晴らしい)
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 来年目指してこれからは毎日がトレーニング(お金も何もいらん、タダ「ランニング」「車磨き」のみで勝てる
「信じなさい迷監督のお言葉を」それでは皆さん第2回を目指して特訓だ~チャンチャン
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by toshi-hirai | 2011-12-03 07:31

「袖ケ浦マル耐」③

・・・スミマセン、何しろ仕事が忙しくて?明日もまた休みですが大忙し(病院・打ちっぱなし・食べ物の買い物・ボチボチお掃除、本当に主婦しております)明後日はTHEGOODTIMESの役員会と休む間もなし、その間、ビール飲んで一休み「おいらの人生なんやろか」テナコト考えるだけである(これ言い訳情けない)

今日「袖ヶ浦マル耐」③を続けます。

 私の好きな「3S」(スピード・スリル・〇〇〇〇)人間が究極の極限を求めて自らの命を賭け走る姿がメッポウ可愛いのだ~、
 だから未だにサーキットに行ったら血がたぎり、目がギンギラギンに多分先日走った皆んなもアノ感触が未だに忘れることは出来ないのでは?、もう一度挑戦をと思っているでしょう。

 楽に走るには、練習あるのみ、昔々チームグリーンにはホイール・エンジンそうしてハンドルが有れば誰でも走れる(これは迷監督の口癖)今は少々贅沢である。

ゴメンナサイ、パソコンのまえで寝ていてた「パパ風邪ひくよ」と愚妻に怒鳴られ布団に入ったら午前3時まで目が覚めず、今目が覚めた、いつもならもうすぐお目覚め出勤の時間である。
 
 続けます

 チームグリーンの時代には、ライダーには「マシンが悪かった」とは言わせ無い、チョンボは皆んな自分が悪いのである。
 
 今回もゼッケン13のニンジャにスタート前のグリットでアクシデントが発生した、それはリヤータイヤに釘が刺さっていたのだ、これは偶然では無い皆が悪いのである。

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 ソレハネ、何故ピットでチエックしなかったのか?スタート前にチエックリストを作って、チエックしなかったのかと言う反省が無ければならない。
 今回は幸いにしてあまりのダメージで無かった様子だから良かったが、そこそこの時間かけて準備してきたのにその一瞬でパー・・・それは無いのでは?・・・


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ゼッケン12 ZXR250の雄姿今回モト・ボックスSEKIで調達されたらしい「良く整備されていた」又良く走った1分30秒台・・・おどろき・・・である・・・運転手の腕が?

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 タイヤの釘もなんのそのイッチョヤタルゼ・・・ninja250ゼッケン13

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このお二人さん余裕綽綽、松島さんと・・・蘇原さんのお店の吉田さん?ゴメンナサイ名前とお顔が一致しない三宅さんだったっけ?


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「ヤッパ落ちん」スタート5分前

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by toshi-hirai | 2011-12-02 21:04