Team Green

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「カワサキロード・レースのルーツ」23

 皆さん オハヨウございます、昨晩はお得意様のご招待を受けての新年会、この処、新年会がオオはやり20日にはNPO法人THE GOOD TIMESの理事会&新年会、これは既に沢山の方々から状況報告があり、理事長が5年目に入る今年は「共感ネットワーキング」で行きたいの挨拶にもあるように、何しろ皆さん「生き」が良い、特に初めて参加された女性軍には脅かされた。
 やる気満々であるこれからは女性の時代か?それにしても素晴らしい、沢山の方々との出合い私はもう年だが(79才になった)お別れする方々より初めてお会いする方々の方が断然多い。
 嬉しことである、仕事の方でも大忙しでありこのほかにあと2回の新年会がある素晴らしい

 サテサテ1992年に入ってもカワサキ軍団の快進撃はとどまることを知らない、ホンマかいな~
 「耐久のカワサキ」と呼ばれる圧倒的な強さを発揮するカワサキ、しかもスプリントでも忘れたは駄目素晴らしい王者がJAPANにも誕生するのである。

 コリャ私の想い出だけではない待ちに待った全日本選手権スーパーバイクにチャンピォンがしかもカワサキ同士で(KRT&TEAMGREEN)でチャンピォンを争ったのであります。

 資料には1992年世界耐久選手権シリーズ全6戦を鈴鹿以外で5全勝(ナナント奥ゆかしい鈴鹿だけ優勝をH・Y・Sにお任せをする)「カワサキの馬鹿たれ」、なんで全部優勝戦(セン)のやイヤー奥ゆかしい、マーイイか・・・

 この年、勿論シリーズチャンピォンには、C・フォガティ&T・ライマー組みが輝き、マニファクチャーズタイトルもイタダキ~

 世界スーパーバイク選手権では開幕戦のスペインの第1レーススライドが、第2レースではフイリスが2位、第二戦イギリスではS・ラッセルが第1・2戦で3位、第3戦ドイツではR・フィリスが第1・2戦を第2位獲得コリャ表彰台に上がらんことが無かったのである。
 しかも、われらがR・フィルスが第4戦ベルギー第1レースR・フィルスが優勝、3位にはラッセルが、余勢をかって第5戦へレスの戦いでも第1ヒートで優勝第2ヒートで2位を獲得、見事シリーズ第3位の成績、S・ラッセルも6位と健闘したものである。

 日本で初のチャンピォンを獲得ファクトリー復活6年目の快挙

 ダトサ’87年イヤイヤ’86年の開発(テスト)が6年掛って開花したことを忘れてはいけない。
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 これ’86年TEAMGREENの多田喜代一がテストを重ねて頑張った、結果常勝カワサキZXR7が生まれたことを・・・写真左平井迷監督腕組みをして、腹では「多田転ぶなよ」の心境
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 この写真セニア&エキスパートの混走レースここでもキヨカズ3番手、開発に役タットる

 1992年全日本選手権で第3戦SUGOで優勝、ここに割って入ったTEAMGREENの北川圭一
彼は第10戦ハイランドでのTTF1でこともあろうか?スタンダードフレームのスーパーバイク仕様車を駆って見事に優勝、チャンピォン争いをカワサキが面白くファクトリーと二軍のセミワークスTEAM GREENがシノギヲ削ってチャンピォン争いが最終戦にもつれ込んだのであった。
 
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 これぞKRTファクトリーの雄姿昭一の晴れ姿、迷監督鼻が高い・・・イヤー素晴らしい
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 この顔見てやってください、色男品格が出て来たな?
 
 ここでその年の想い出をご紹介しようこれだけで終わるのはモッタイ無い、是非是非「TEAMGREEN昭一の想い出」をご覧下さい。
 ここに貼り付けようと挑戦したが出来ない、こらアカンワ皆さん探してくださいそして読んで下さい。
 ソラ-オモロイで~この画面で、TEAMGREEN「昭一の想い出」検索で出てきます。
思い出の写真は、FACE BOOKでアルバムを・・・

 マーこんなもんや・・・やればできる・・・やらなアカンのヤ・・・

                                   t-hirai
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by toshi-hirai | 2013-01-26 06:19

「カワサキ・ロードレースのルーツ」22

 どうも2013年数字が悪いのか体調が思わしくない、考えるに「薬」であることが何となく解る、身体全体が薬に犯されている。
 昔は今の薬代以上にのみ代を使用していたが(三宮の帝王だった、ウソと違う)スコブル快調だったのだが。

 これからが俺の青春「夢」を叶える時なのにイカン’13年にマドハされたら生きて行けん頑張ろう・・・カラ元気に終わらせないように頑張らなアカン・・・

 それはそうと「病院で新しい友達」が出来た「何かのご縁」と写真まで掲載して喜んで頂いた、大事にしたい・・・そう云えばオレ沢山の人々に支えられているんや頑張らんアカンな~
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 病院で声を掛けられたY・藤原さん(Z1フアンクラブの一員、何しろカワサキ一辺倒カワサキマイスターの顧客でもある)
 彼はリハビリに、私は同業の社長のお見舞いに病院も出逢いの場所素晴らしい?

 サテサテロードのルーツ1990年代は起伏の激しい時代でもあったが、強いの強いのナナント’88年に復活したチーム・カワサキ(KRT)向かうところ敵なしの時代に突入していたのである。

 AMAスーパーバイクにD・チャンドラーが大暴れ第1戦デイトナで3位、第2戦ロードアトランタで2位、第3戦ラウドン優勝、勢いに乗ったら止まらない第4戦ロードアトランタ、第5戦マイアミ、第6戦ミッドオハイオ・・・連戦連勝見事シリーズ・チャンピォンに輝く

 この年、ジャパンでもTEAM REENで
 R・R F-3クラスに鶴田竜二・F-1クラスに北川圭一・梁 明・恒松宏一良(ナナントライダーのはずの林 英治がメカニックに名を今はスパ直入の主)
 MXでは、同じくTEAM GREENで榎本正則・河合健二・清田忠恒・藤城光雄・大宝史郎・城田賢一章次・大山隆樹夫等々TEAM GREENで俺の教え子が新しい重本監督の元で鍛えられていた

 この項、余分だが私に取ったら忘れられない1ページである。

 1991年カワサキは年頭にニューマシンZXR750を発表、レースでも当然このマシンがと思いきや、開発期間の短さから開幕戦は前年のモデルで戦ったのだが・・・ニューモデルZXR750も順調に仕上がり第8戦筑波で宗和がカワサキワークス復活後、初めてニューマシンZXR750を駆り優勝、同じくカワサキの雄塚本昭一も3位をドーソンも6位、さらに第14戦鈴鹿で独走単独走行を大勢の観客の前で、第16戦SUGOでも優勝この年3勝を得て国内でもカワサキの強さ・速さを見せつけたのである。

 海外では世界スーパーバイク選手権でR・フイリスが開幕戦イギリスでの2ヒートで3位、続く第3戦スペインで第1レース第2位、第4戦アメリカ大会でS・ラッセルがワンヒート・ツーヒートともに2位、第6戦サンマリノではR・フィリスワンヒート2位・ツーヒート3位、R・フイリスは第6戦サンマリノ、第7戦スエーデン、第8戦日本と2位3位安定して勝ち取り(迷監督がロブを走らせたら勝ちに行けたかも・・・モー良い)同じくチームメイトA・スライトもR・フィルスと共に3位4位日本でも、その強さをフアンの皆様にお見せしたのである。
 世界スーパーバイク選手権でわれらがR・フィリスがランキング3位となったのであります。世界耐久選手権でもビエラ&デュハメル組がシリーズチャンピォンを獲得・・・
 「カワサキ万歳」であったのであった。
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 今日はあまり写真が無かったので量産レーサーレプリカ’89年のものを・・・何やら雷神マッハさん今カラーリングの思案中らしい、これも良いのでは?カワサキらしいのでは???
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 ロバート・フイリス’87年TEAM GREEN で鈴鹿8耐に挑戦、翌年からKRTで復活好成績を

 次回は、1992年「耐久のカワサキ」圧倒的に強さを発揮・・・をお送りしよう・・・

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by toshi-hirai | 2013-01-20 08:47

「カワサキ・ロードレースのルーツ」21

 今年はカレンダーの都合で年末30日~6日まで8ヶ間、続いて5ヶ間働いて(挨拶回り+10日戎参拝)等本来の仕事など手につかない、しかし、私は年頭から銀行廻り無借金経営が売りの兵メも借金ばかり、どうも経営者が悪いのだろうか?ゴメンちゃい(まだ余裕があるな、それとも開きなをったかのかなー)

 今回の3連休、大体休みが多すぎる身体がなまってしまう・・・イヤー昔は好く動いたなー、土・日はレース代休なんぞ無し、マシン造りにイッチョガミ「アアでもない、こうでもない」楽しかったな~」それでも飲みに行くデイトはチャント消化していた。

 何しろ充実していたのである、今は何となくである・・・これデハ進歩が無い頑張ろう・・・

 サテサテレースのルーツも1990年代に突入、鈴鹿の8耐に宗和&塚本組・ドーソン&フィリスの2台体制で、この年宗和&塚本組は予選で並み居る世界のトップライダーの間に分けて入り4番手を・・・決勝9位と健闘、一方ドウソン&フィリス組みは予選が悪く決勝で追い上げを見せ6位まで順位を獲得したのだが、残念マシントラブルリタイアだった。

 平井迷監督は、常日頃ライダーに80%の力で走るんや、無理をするとマシンに負担を掛けるから、全体に頭を使って走れ「勝負は俺がする」ナンヤワケワカラン、要するに監督の想い通りに走れやろ・・・

 全日本選手権TT-F3クラスにTEAM GREENの鶴田竜二(出てきました竜ちゃん去年の8耐ヨカッタナ~)なんとシリーズチャンピォンをもぎ取る。これは、レース復帰後初の全日本チャンピォンに輝いた瞬間でもある。

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 鶴田竜二の雄姿、若干花が咲くのが遅かったか、しかし、竜二のレース運びには定評が・・・
 チョットエピソード
彼’89年のライダーを決める中山サーキットのオーディションなにがなんでも彼はTEAM GREENに入りたかった、カワサキを愛する根性ナンヤ、藁にもすがる思いでミスターカワサキキヨさんにも大声でご挨拶、一方彼は成長著しい塚本昭一にも頼みマネジャーに言ってもらっていた。
 憧れていた「TEAM GREEN」への採用は彼の走りが・センスがあったからや・・・
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 多分、鶴田竜二&北川圭一組は6時間耐久に優勝をしたのである
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 平成24年の8耐、イヤー湧いた湧いた鶴田竜二が演出するエバーRT初号機トリックスターの残り3分までの頑張り、ライダー右から井筒仁康・芹澤太痲樹・出口 修の頑張りやさん、素晴らしかった

 もとえ戻る
 
 一方世界選手権では8月のマレーシアのジョホールサーキット(素晴らしいサーキットである、セントラルサーキットを建設するとき参考にと行っ来たが、ノックダウンあんな立派なサーキットは出来ん?)
 この時、の8時間耐久では、A・ビエラ&J・L・バティスティ-ニ組が優勝、さらにさらに9月のボルドール24時間で上記の二人にM・デュハメルを加えたトリオで優勝、10月にはオーストラリアで行われた6時間耐久にJ・L・バディスティーニ&R・フィリス組が優勝、毎月どこかで優勝や・・・しかも、この結果、ビエラがシリーズチャンピォンを獲得。

 カワサキはコンストラクターチャンピオンを手に入れるのである・・・素晴らしい・・・

 加えて世界スーパーバイク選手権では、第6戦(なんでこんなに強いカワサキが前半戦に出てこないのかな~、知らんかカワサキの粘りを、市販車も昔から2~3年調子が悪いのだが、それを過ぎると何時までも快調な車だったんや~)アメリカ大会第1レースでD・チャンドラーが3位、そのまま第2レースで優勝、これは世界スーパーバイクに初勝利を飾ったのであります。
 D・チャンドラーは第8戦日本でのレースでも、第1レース3位、第2レース優勝、マシンも快調日々前進、第11戦マレーシヤで第1・2戦とも2位をフィリスが2位、第12戦第2レース第13戦の第2レースもこれまたフィリスが優勝、これまたシリーズランキング4位を獲得したのである。

 マー勝ッなー、そんなに強いのかな~これ誰のお蔭や・・・(もういいやんかへへへへ)

  ・・・マダマダ続く泥濘ぞ~同じ年D・チャンドラーがAMAを制覇があるンや・・・

                 これは来週からをご期待ください。

 オッと20日はNPO法人THE GOOD TIMES の新年会や、これからリハーサル飲んで寝るか?

 マタマタ宣伝です、’86~’90年のカワサキのレース活動を細に入り微入り掲載されている、三栄書房「RACERS」2013年号をご覧アレ、これぞカワサキ・ロードレースのルーツ。

 受注センターTEL048-988-6011カワサキフアン必見の一冊価格本体933円也

                                         t-hirai

 
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by toshi-hirai | 2013-01-14 09:38

コーヒーブレーク「ル・マン24時間」の回顧

 昨日丁度チーム・カワサキがMFJの招待でルマン24時間に走る1989年が「カワサキロードレースのルーツ」に、私にとっても忘れられない1ページここでコーヒーブレーク
 少々カワサキオートバイから出版された「特集ル・マン24時間耐久レース」から思い出を・・・

 ソレハ1988年鈴鹿8時間耐久レースから始まったのである、チーム・カワサキ復活の年そのすべてをすべてのレース復活に向け羽ばたいた「チーム・カワサキ」やるやん・・・

 その中で第5位日本人のみのペアライダーに与えられるMFJからのご褒美「ル・マン24時間」ご招待を勝ちとったのであった。
 当然、翌’89年4月22・23日の2ヶ間フランスル・マンで行われる24時間耐久にエントリーしたのである。

 初めて日本人だけのチーム・カワサキの挑戦がここから始められたのである。

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カワサキオートバイ販売(株)により出版されたル・マン特集
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総監督武本 曻 率いる TEAM KAWASAKIの全貌
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イヨイヨル・マン24時間到着をしたマシンを梱包から出すメカ軍団前田和広・和田 斉・戎 俊の3人
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ボデーにサーキットの血が脈打つ、近未来走破形を創出したスーパーバイク「ZXR750」
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BUGATTI CIRCUITのコース図、ここで24時間を競うのである、決してきれいなサーキットでは無い、施設はガタガタだが何か味がある。
 1コーナーからシケィンのS字を回って折り返すようなヘアピン、すり鉢状な大きなRから直線に。
また折り返して小さなS字に入りそして左右のSと言う単調なコースや、ライダーは疲れない・・・
全長4.430kmのサーキット

 ライバルは
カワサキ・フランス ZXR-7を駈る、P・イゴア&P・ポル&J・バチスティーニ組
チーム・ホンダ   ホンダRVFを駆るP・マテリィオリ&R・バネット&もう一人?組
チーム・スズキ   GSXを駆る   H・モアノー&T・クライン&M・クラジアーノ組
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上記ライバルに挑むカワサキ三人の侍(写真左から昭一・キヨカズ・タイガー)
 断続的に降りしきる雨、その中でポールシッターはチーム・ホンダのピエラが叩き出した1分49秒、カワサキ勢はタイム上がらず1分51秒台 4・5番手であった。
 スタートまでのインターバルに「カワサキ250のワンメークレースが前座」に有ってから・・・
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イヨイヨ苛酷な24時間の始まりスタートである
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迎え撃つ左から塚本+スタッフ
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 激走するチーム・カワサキライダーは誰?格好イイやんか・・・一周目3位で帰ってくるヨッシャ
30分経過 ゼッケン73位をキープ・・・そのまま走れ
5時間経過 ゼッケン002ホンダ ビエラ組TOP・ゼッケン005チームフランス・カワサキィゴア      組・ゼッケン003ホンダ キャンベル組・ゼッケン007チームカワサキ 宗和組
10時間経過1位ホンダキャンベル組・2位ホンダビエラ組・3位カワサキイゴア組・4位カワサキ宗和組
20時間経過1位ホンダキャンベル組・2位フランスカワサキィゴア組・3位日本カワサキ宗和組

 この間、色々な物語が003の転倒・007の転倒・002のエンジンのオーバーヒート無傷は002のみ・・・

 そのままゴールに
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 最終結果、良くやった「感動した」チャンチャン
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 歓喜のシャンペンシャワーみんな嬉しそう

 イヤー良くやったなー、しかし残念カワサキの雄「名監督武本 晃」は過労のためか、ル・マンの興奮冷めやらぬ6月7日残念なことだが他界されたのである。

 ここに謹んで哀悼の意を表すると共にご冥福をお祈りいたします・・・決して忘れてはならない・・・
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    ・・・カワサキロードレースの闘将、故武本 晃の歩んだ道を消すことは許せない・・・

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by toshi-hirai | 2013-01-13 08:11

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑳

 マタマタ今日から3連休、しかし早いですねー日の経つのは、もう1月も終わろうとしている(アホ12日や、それでも早いやん)今年の計画を早く練って実行にとは思うものの、仕事がある・・・「当たり前田のクラッカー」仕事第一、次に遊びや(僕にとってはオートバイは遊びと違う)利益が無い副業や、そんなことあるもんか?元気が出る・・・これが大きい利益では・・・イヤー金が動かんと?駄目

 そんなところで行こうか、レースのルーツを? ’87年のTEAM GREENの活躍を資料には4行しか書いてない、情けない・・・ナーンやTEAM GREENのやったことは素晴らしいことナンヤゼ~ワカルカナ~ 分った分かった次へ行きなさい・・・

 チーム・カワサキの名前で鈴鹿8時間耐久ロードレースにエントリーを始めたのは1988年、これで名実と共にカワサキファクトリーの復活となった。

 この年、サミン&A・モリラス組みが3位お立ち台に(フランススズキが4位)、次に日本人ライダー宗和&多田組が5位入賞(ヤッタゼベビー・・・日本人ペアー1位、ご褒美に’89年ル・マンにMFJから派遣されることになった)、K・バリントン&R・フィリス組み6位ファクトリー復活一年目大成功の年であった。

チョットコーヒーブレーク
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 これ多田喜代一’87年TEAM GREEN時代の活躍、この態度を見てやってくださいデッカイ面、速いのだが・・・良く転ぶこれがキヨカズの良い所?、迷監督思案顔・・・
 このマシンZXRー7と並行して開発を?していたGPX750R・・・レーシングキットの試作を積んで走った時では?2戦しか走らんかったがな~

 この時期、俺が居たら優勝バッカやナイカな~それは無いか?、残念ながらセントラル・サーキットの許認可作業がハジマリ忙しくて鈴鹿にも行けない巨匠が居たのである。(チケットはあったんや~、何時の間にドサクサに紛れて巨匠なんや・・・迷監督や無いのか?ソヤナー)

 このファクトリー復活と共に世界耐久シリーズへの参戦も復活したのである、おまけに、同じくスタートした世界スーパーバイク選手権シリーズにも参戦、第2戦ハンガリー戦の第2レースでA・モリアスが優勝、第6戦ル・マンの第2レースではE・デルカンプが2位入賞を果たすなど着実に成績を残したのでア~ル。

 1989年から出ました我らが昭一(塚本昭一)がファクトリーの一員に・・・前田忠士選手と汲んで8耐に、そうして4位を「オイオイ間違えでは?イヤ違うホンマヤ」素晴らしい・・・
 さらにこの年、前回のご褒美にMFJから派遣された日本人ライダーの3人組(宗和孝宏・多田清代一・塚本昭一)全部平井学校の生徒やへへへ、ショナイなー明日ル・マンの想い出でも書こうかな~
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写真左から多田・塚本・メガネを掛けている野田監督シャガンデいるのが戎メカ右端が総監督故武本 晃
 しかし、この3人走りも走ったり3位入賞イヤーオッたまげた素晴らしいことやってくれたやないか、

 全日本でもTT-F1クラスと並行して、GP250クラスにもコードNOX-09がファクトリーメイドのオリジナルマシンで開発ライダー昭一が参戦していたのである。

 このほか、世界スーパーバイク選手権でR・フイリスが第7戦日本の大会で第1レース3位、第10戦オーストラリアの第1レースで2位、第2レースも3位連続お立ち台、しかも、第11戦でもニュージーランドで第1レース2位の成績素晴らしい活躍だったのである。(迷監督が走らせたら優勝や~)

 ここで、少々寂しいが、カワサキを世界の檜舞台に君臨させた二人のライダーの引退について書いてみよう。
 ソレハネ・・・いずれも「ミスターカワサキのコーク・バリントンと我らがキヨサンである、奇しくも二人とも、この年、1988年に引退したのである、平井もカワサキから出向してセントラルサーキットの許認可作業に、だから二人は引退したのかな?それにしてもミスターカワサキが3人もレースから引退、こらーアカンワと思いきや???バリバリ走って行くカワサキ・・・素晴らしい、デモこの二人のライダーの功績は忘れてはいけない・・・

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 KIYOさん、平井のお願いで縞々のシャツで優勝、Hー2を20台の売上(コレハネ兵庫メグロの奥さんがカラーのツナギで優勝しなはれ、そうしてらH-2を20台買取して上げる、ヨッシャ・・・20台や・・・キヨサンお願いラグビーのジャージを着て走って・・・それが優勝や・・・20台の売り上げ素晴らしい、これがカーラーツナギのルーツである?)
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 キヨさん引退レースの雄姿、デモ寂しい、アノ素晴らしい豪快な走りをモウ見れない

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 1987年(TEAM GREENから8時間耐久を走り・・・4時間30分のドラマを演じカワサキフアンの前でカワサキここにありを見せつけたK・バリントン・・・そのK・バリントンが1988年に最後の輝きを見せたのである。
 予選では平 忠彦&M・ドーハン組に続く7位となり最後まで力強く走り切り6位でフィニッシュ、これがコーク・バリントン最期のメジャーレースとなった。

 長年カワサキの快進撃を築き上げ、世界の二輪の発展に「カワサキの名を轟かせた」二人の素晴らしいライダーが後輩に席を譲ったのである。

 KIYO、そしてK・バリントン有難う何時までも忘れない・・・二人の築き上げた軌跡を・・・

         ・・・機会があったら二人の功績を探りたい・・・

                                          t-hirai

 是非皆さん今回参考にさせて頂いた(株)三栄書房より出された’86~’90年代のカワサキ往年のレーシングのルーツ・・・「RACERS」volume18を・・・

 ・・・まだあるのではTEL048-988-6011でお尋ねお求めを・・・
 
                                            


 

 

 
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by toshi-hirai | 2013-01-12 20:40

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑲

 今日で一応お正月のお休みも終了、明日から又3:30起きの7:00出社流れはコウダ、4:30頃スタート5:30頃会社の駐車場に到着、ここで約1時間20分ぐらい仮眠(前はこの時間ブレックファースト、どうもロイホが価額アップこれは仕方ないが内容が僕の好みに合わなくなった、トーストが4枚になり、サラダが消えた、トースト2枚増・サラダ無しは胃のない私にはコタエル、そこでガストに変更したが、これまたトーストが厚切り薄切りを所望したが出来ないとの事、仕方ないご飯にしたがこれまた胃に応える。
 要するに価額アップが毎朝の事、財布の薄い私には一番応えたのである、今は家でオニギリを作ってもらいそれを食している、調子が良い・財布が(もともと薄いのが少々長持ち)薄くならない・・・一挙両得?今年もこれで走ろうと思っている。

 さてさて「カワサキ・ロードレースのルーツ」も早や19回、イヨイヨ第4章1984~2001年に入ってくる。

 どうやら私は’82年にカワサキの凍結と記してきたが、資料では1984年活動を凍結した様に書いてある、そうなんやそれもそうだな「TEAM GREEN」が’82年から’83年の立ち上げだからそれで良いのだ、ツジツマが合うバックして訂正するのも如何なもの。

 ここで陳謝してお許し頂きたい(言い訳ではないが資料にも確かに「幻の500」の1982年GPでのワークス活動を休止と手元の資料に+私の蔵書「ワールドMCガイド・カワサキー1・・・KR500の項」にも確かにカワサキのレース’82年で撤退と書かれている。

 マー川崎重工(株)は「空・陸・海」世界を股にかけて活躍する大きな会社、船長がオモカジーと言ってから船が曲がるまで時間が掛る、2年ぐらいのロスタイムは悪しからずご了承頂きたいのであります。

 イヤー言い訳に大分掛ったな~、お許し下され「あたり前田のクラッカー」チャンチャン、年頭からコレヤ今年が思いやられるな~、皆さん大いに79才になった平井をお助け下さい・・・

 それでは、お待たせを致しました。

 第4章1984~2001年「活動停止から復活。4サイクルビックマシンで国内外のレースを戦う」

 1984年に活動を休止したライムグリーンだったが?、1988年には復活。国内外の4サイクルビッグマシンによって戦われるスーパーバイクの場で活躍を始める!

 それでいいのだ、その舞台裏では「オートバイを製造している会社がレースの火をけしたらアカンせめて国内だけでも」と頑張った熱血漢が居り、それに応えた上司が居り’88年スムーズにそのままの強さでバトンタッチが出来たのである。

 世界に羽ばたいた?カワサキがあったことを・・・マ、それで良かったのだ・・・

 ハジマリハジマリ・・・

 グランプリ-レース、世界耐久戦等でめざましい活躍を続けていたライムグリーンだったが、’80年代に入り大きな経済状況の変化があり、時代の逆風が川崎重工(株)にも吹聞荒れてきたのだ、そうした背景もあり’84年からカワサキファクトリーはレースを休止せざるを得ない状況となった。

 それでも全日本選手権ではプライベートチームである、国内販売のカワサキオートバイ販売(株)に所属する「チームグリーン」がTT-F1クラスやF3クラスで活躍、使用するマシンはファクトリーメイドのもので復活の足音は聞こえ始めていた。

 これで良いのだレースが出来れば・・・トホホ涙である(少々女々しいのではアホ)

 ● 日本では準ワークスの「TEAM GREEN」がワークス活動再開に向けて・・・

 そうして’87年「TEAM GREEN」という名のもと、GPX750Rのエンジンをファクトリー製車体に搭載したマシンで、全日本さらには鈴鹿8耐を闘った。
 
 8耐では一時3位を走る好走を見せたが約4時間30分を走ったところでエンジントラブル、カワサキフランスのP・E・サミン&T・クライン組みが6位入賞を果たしているのである。

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 TEAM GREEN創成期’83年まずはモトクロスから
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 いま書かれた’87年TEAM GREENが8耐に出た時の全貌
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 スポンサーはGOODLUCKツアー社のBIGマシン
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 スタート前、「ロブ3周TOPを走れ」「イエスサー」
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 スタートが切られた中央2列目ぐらいに カワサキの7番が(TOPゼッケン1&12の間)
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 トップやぜ~   男と男の約束3周ではなかったが、一瞬でもカワサキがTOPを走った??? 
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 残念約4時間30分こと切れた瞬間「アイアムソリー」やぜ~「ワカルカナ~」チャンチャン

 この様子、FACEBOOKのアルバムをご覧下さい・・・

 今日の所は、これぐらいで・・・マタマタ一週間ご無沙汰の始まり始まり・・・今年もよろしく

                                         t-hirai
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by toshi-hirai | 2013-01-06 06:25

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑱

 前にも書いたが人間の習性は恐ろしいものである、今朝も朝3時30分になったらキッチリと目が覚めた。

 今日はお休み(去年の30日~今年の6日までお休み)寝ていても良いのに、酒をアオリ(お酒・ビールお飲んだ話が度々出るが量は少々である)2度寝としゃれ込んだが5時半にはマタマタ目が覚めた。
 コリャどうしようもない、景気の良い思い出話を続け様、聞いて聞いて時まさに1983年今年30周年を迎えるTEAM GREEN JAPANが生まれた年になる、日本でのチームの出来ごとは私が一番良く知っているのである、デモネ、私の文章はメチャクチャであるがイイかな~

 今日は、’83年全世界のレースはプライベター活動に変った年であるが世界のカワサキ軍団は’82年の余勢をかって勝ちまくりはオサマラなかったのである。

 1983年プライベーターとして戦った全世界の各チーム、その中で活躍をしたライダーを紹介しよう。

 世界ロードレースGPには250クラスでH・グレックスが参戦、第5戦スペインで優勝を果たし(プライベータで他のワークスを破るのは至難の技)この年、シリーズランキング4位と健闘・・・
 一方AMAスーパーバイクでは、この年からマシンをGPz750にスイッチ、ライダーW・レイニーは開幕戦デイトナで4位、続く第2戦タルゲージでは第2位とその順位をポジションUP、第7戦ポノコでは優勝を勝ち取ったのである。

 その後、第8戦ラグナセカでも優勝、第10戦はポイントを稼ぎ、第11戦プレイナード・第12戦シアトル・第13戦ウイロウスプリングでも優勝を獲得しシリーズチャンピオン、強い強い(これはライダーもさることながら、カワサキのGPz750のポテンシャルの高さ、素晴らしさをモロ示しているのであるよ)

 又、アトスザリであるが世界耐久選手権では1975年にチャンピオンを獲得してから勝ちから見放されていたカワサキが1979年最終戦ブランズハッチ1000kmH・ユゲット&ユービン組が久しぶりに表彰台の中央に・・・続く1980年にも最終戦ミサノ1000kmでユゲット&ユービン組が優勝最終戦がお好きなようで・・・
 1981年には今度は開幕戦ルマン24時間レースで、フランスカワサキ?(今度Z1会でチームF・カワサキのオーナー遠藤治一さんが京都で居られるので聞いてみよう)*
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 昨年のZ1会の納会で最優秀会長賞を得た時の遠藤さんチーム・フランス・カワサキのオーナー偉い人ナンヤ

 *から続く・・・第1戦ルマン24時間レースでユゲット&J・C・シャリマン、第3戦ニュルブルクリンク1000km耐久でR・ロッシュ&J・ラフォンド、第7戦ムジェロ1000kmで再びユゲット&ユービン組が勝ち、最終的にはロッシュ&ラフォード組がシリーズチャンピオンを獲得したのである。

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 これ・・・誰だか?
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 前にも出したが1981年のフランス・カワサキのマシンKR1000(Z1000J)

 1982年には、第1戦イモラ24時間耐久レースをR・V・ルーエン&M・ボンケ組みが優勝、第2戦ニュルブルク24時間耐久にJ・C・シャマリン&J・コルヌー組み、第4戦バルセロナではC・ベルセット&J・モニン&M・グレイニー組が優勝、第6戦スパ・フランコルシャンではJ・C・シャマリン&J・コルヌー&S・ペランデイニ、最終戦ボルドールではJ・ラフィンド&H・ギュイレックス&P・イゴアとライダーは変わるもののジャンジャン勝ってしまった、結果J・C・シャルマン&J・コルヌーがシリーズチャンピオンを獲得ナンヤ書くのがシンドイ・・・

 オマケニ1983年第1戦ルマンでJ・コルヌー&G・コードレー&S・ペランデーニ組が優勝、第3戦ニューブルックリン8時間耐久ではコルヌ-&コードレイ組が、さらにさらに第4戦ニュルブルックリン1000km戦でJ・ラフォード&P・イゴア組、第7戦スパ・フランコルシャン24時間耐久でコルヌ-&D・D・ラディゲス&T・エスピエ組、第8戦ムジェロ6時間でコルヌ-&J・L・バディステーニ組が優勝、この年、シリーズチャンピオンは逃がしたものの・・・マニュファクチャラーズチャンピオンはカワサキだったのである。
 
 強いカワサキ軍団「イヤーシンド」コリャ川崎重工(株)も、もうレースは凍結やと?思うのでは???

 次回からJAPAN TEAM GREENを思い出そうかな、ウソつけ何回書いたらエエンやホンマヤな~
 それでは1982年凍結から1988年復活してから2001年までの「活動休止から復活、4サイクルマシンで国内外のレースをかく戦う・・・資料に元ずき思い出して見たい。

 それ見てみ-JAPAN TEAM GREENの活躍があったから直ぐに復活出来たやんか、プンプン

 てなもんや三度笠「今年は春から、縁起が良いわいな~」  
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            チャンチャン   t-hirai
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by toshi-hirai | 2013-01-05 08:18

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑰

 イヤーFBに嘆いたのだが、新年1月3日の朝神戸の街はヒッソリ当たり前なのかなー、もう少し人が出ていても良いのではないか、マーこんなもんかそれにしても寂しい神戸大丈夫かなー?てなもんや三度笠、景気の良い話を始めよう・・・

 E・ローソン、AMAスーパーバイクで初制覇

 ここでローソンのプロフィール、1958年3月11日カリフォニア州ロサンゼルス・アップランドに生まれ、少年からバイクに興味を持ち、1980年カワサキと契約AMAスーパーバイク及び、250GPへも参戦、アメリカ国内選手権の成績でご褒美に世界GPに派遣され、カワサキ250を駆りドイツGP・イタリアネーションズGP・フランスGPの3戦に・・・

 1981年AMAスーパーバイク王者に・・・その時の記念に「ローソン・レプリカ」をカワサキが市販車を販売したのは、皆さんすでにご存じの事である。
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 ローソン・レプリカとご本人
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 カワサキ歴史車の中にも保存されている「ローソン・レプリカ」
 それでは詳細に戦歴をご紹介しょう


 AMAスーパーバイクでは、1981年の第3戦ロードアトランタで優勝、第4戦ロウドン、第5戦ラグナセカ、第7戦シアトルも強いローソンを見せつけ、1980年に取り損なった念願のシリーズタイトルをカワサキにもたらしたのである。

 1982年もカワサキは世界ロードレースGPに250・350・500の3クラスに参戦
250ではマンクが第5戦イタリアGP、第6戦オランダ、第7戦ベルギーと連勝、さらに第13戦ムジェロ、第14戦西ドイツでも勝利するが、ランキング2位、350ではこれまたマンクが優勝1回・2位4回・3位1回の成績で2年連続シリーズチャンピオン、加えてJ・F・バルデもこれまた第3戦フランス、第6戦オランダ、第9戦西ドイツで優勝を遂げランキング3位と健闘したのである。

 500ccは意欲的に開発された’82年モデルを投入したものの、新マシンの仕上げに手間を取り、第5戦・第7戦のコーク・バリントンに託したものの7位が最高位シリーズランキング9位と云う成績でこの年、1982年ワークスのロードレース凍結、レース活動を休止したのであった。
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 日本では、「幻の500」であったマシンだった。

 翌年から、350ccクラスは世界GPから姿を消したため、マンクは最終シリーズチャンピオンの座を勝ち取ったのである・・・あまりにもカワサキが強いのでレギュレーションできやがったと私は嘆いたものである。

また明日チャンチャン

                                         t-hirai


 

 
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by toshi-hirai | 2013-01-04 20:59

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑯

 新春第2弾思い出は時間がありゆっくり、ユックリ資料とニラメッコ思い出しながら書いております。

 丁度、カワサキオートバイ販売(株)が社業の発展に伴い払込資本金1億5千万円 代表取締役塚本碩春⇒青野 格 、 世もまさに、スペースシャトル打ち上げ成功、KMM設立(KMCリンカーン工場を分離)、因みにカワ販神戸営業所は、神戸市兵庫区上沢5丁目?マー汚い営業所であった。
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 アアーお恥ずかしいこれ神戸営業所の玄関、一人所員が故吉永氏、マシンは、M-5・B53・A-1・B-8かな?このボロ営業所(怒られる所長が不肖平井稔男)所員12名程(しかし、おひざ元良く売りました、何しろシェアー50%強を誇るホンダを抜いて兵庫県はカワサキ1位どんなもんや!)

 時まさに1981年カワサキのラインナップ

1、50cc~ 90cc AR50・80A1、AE50A1・80A1・KX80D1・KM90A
2、 91cc~125cc KE125A7・KX125B1
3、126cc~250cc Z200A3・KL250A4・Z250FTA3・Z250FTA3
              Z250LTDツインH1・KX250A7
4、251cc~400cc Z400G3カスタム・Z400FXE4・Z400LTDK2
5、401cc~750cc Z550FXB1・Z550LTDE1・Z750-ⅡE2
              ZZ750LTDH2・Z750FX-ⅢL1

 勿論、前々年、前年からの機種(M5・B53・A1・A1SS・W-1等)も沢山ありましたが、マー機種の多いこと、しかし、前にも申し上げたが流石素晴らしい営業マンばかりであったのであります。

 サテサテ・・・ロードレースの方もバンバン勝ち続けていたのであります。

 250クラスは、前回克明にお伝え致しましたが、この年、350クラスのWGP全8戦行われたのだが、第3戦西ドイツ、第7戦ユーゴスラビア、第8戦オランダ、第11戦西ドイツ、第14戦チェコ等5戦にマンクが勝利を納め念願の350ccのタイトルを奪取、250cc・350ccクラスに、ダブルチャンピヨンに輝き向かうところ敵なし・・・

 一方2年目の挑戦となる500ccも、第8戦オランダでミスターカワサキ コークバリントン3位、勢いに乗ったバリントン、続ずく第9戦シルバーストーンで他車ライバルたちとTOP争いを繰り広げるもレース中盤マシントラブルが発生、あえなく涙・・・ここでヘコタレン我らがコークバリントン・・・
 続く第12戦フインランド3位、ポテンシャルは上がるものの年間43ポイント第8位であった。

 サーテ、ここからお約束のE・ローソンの活躍AMAでの初制覇だが、ちょうど時間となりました(今日は、愚妻と初もうで神戸の生田神社へ)マダマダ続く正月のオヤスミ明日に続きます。

                            乞うご期待を・・・t-hirai
 
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by toshi-hirai | 2013-01-03 05:26

「カワサキ・ロードレースのルーツ」⑮

 明けましてオメデトウございます。

 今年も一生懸命「カワサキの想い出」を書いて行きたいと思いますよろしくお願い致します。

 サテサテ今年は「TEAM GREEN」創設30周年何かしなければアカンと考えており、多くの皆さんにご支援をお願いの予定です、何卒よろしくお願い致します。

 表題のロードレース・・・イヤー70年代後半から’80年前半世界を制覇していた「カワサキ」がどうして’82年に凍結したのか?私は「オートバイを製造・販売しているメーカー」が、技術的に淘汰したから一時凍結しますとは情けない、レースの火を消したら復活により以上の手間が掛る火を消したらアカン、少なくても国内の販売をつかさどっているカワ販はレースをやらなアカン・・・

 ’82年当時古谷さんは何処に居られたか(私はカワ販の非常勤常務だと思うが)レースをやらせてと駄々をコネ、取った予算が20,000千円、それでも(古谷さんが居たから出来たんや、ソレハねレースを理解した上司だからか?ゴマゴマ)レースをカワ販が出来るようになった。

 MX主体のTEAM GREEN コリャロードレースもやらなアカン・・・マシンはGPZ400をサーキットを走らそう・・・早速一番必要なクロスミッションの製作をお願いしたものの・・・ケンもほろろ、コリャアカン色々と考えた、このころから真剣にチーム38との合併を考えていたのである。

 販売会社なのだから販売と結びつければ何とかならないか?そこでサテライト(そんなに良いもんでは無い当時の特約店・・・怒られるかな)100台限定で一度サーキットを走らそう。
 声を掛けたのは特約店のレーシングSHOPだったが?声を掛け100台のマシンを購入してと促進、内容はコウダ皆さんが100台のGPZ400A2を購入、会社にクロスミッションを200台分作らせる。
 そのあと各地のサーキットでカワサキの名が響いたのである、カワサキ強しと・・・
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ZX400A2
車重178kg・空冷4サイクルDOHC4気筒・399cc・54PS/11,500RPM・6速
価格525千円  525千円×100台=52,500千円(会社も動く訳だ~)

 工場に購入したマシンを持ち込み、チューンナップ講習を開催する、イヤー賑やかだった何しろ100台の改造を一堂に会して約10日間ヤッタもんだ・・・楽しかったな~・・・毎晩残業終わってからの会食(そんなに良いもんか、皆で酒を酌み交わしアアだコウだ・・・ワカルカナ~・・・この楽しさアテではないんや青春だ!)

 私が生きているのだから、当然、その時のGPZ400を購入して明石に持ち込んだお店が、そうして改造に携わったメカが居るだろうな~・・・連絡が欲しいナ~(E-mail:t-hirai@jp.bigplanet.com)

今年は、TEAM GREENの30周年同窓会が出来るのでは?今日は1月1日TEAM GREENのサワリを少々マダマダ休みは続く・・・

 ショウガツお神酒を頂いて手の動きもスムーズ、チョット飲酒運転内容が?大ざっぱかも、これで、約二回はブログが書ける内容だがシャナイお正月やサービス・・・

 メーカーが凍結をしても世界のレースで、カワサキは勝ちまくっていたのだ~次回はE・ローソンAMAを初制覇からだ~

 お楽しみに・・・ナーお博、休みじゃ正月や酒持ってこーい~  少々休憩
                                        t-hirai
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by toshi-hirai | 2013-01-01 11:31