Team Green

コーヒーブレーク「TEAM GREEN30周年」 ①

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 会場のムードを盛り上げたパネルでの紹介
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 去る2013年12月17日(火)西明石ホテルキャッスルプラザに於いて約120名の歴代監督及びライダー・スポンサー&専門誌記者・カメラマン、関係者が参加盛大に・・・

 「TEAM GREEN30周年記念パーティー」が行われました。

 まずは、KMJ代表取締役社長 浅野 剛 よりのご挨拶から始まり、ご来賓KHI MC&Eカンパニー営業本部長 中川雅文よりのご祝辞により、祝賀会が開始されたのであります。

(ご挨拶の内容は来春発売の専門誌、カワサキバイクマガジン、ライダースクラブ、MX-ING、ヤングマシン、ライデングスポーツ、ダートクール、㈱二輪車新聞、オートバイ、エイ出版の各社で)

 こともあろうに歴代監督を代表して自称「切れば緑の血が出るカワサキの真打」にマイクが廻り、
「オス」から元気に始めたのは良かったのだが?

 平井には「30年前にタイムスリップしてMXの回顧」をとの注文があり(内心アホ、ロードもと思って話したかったのに???)ロードは野村元監督にお願いしておりますとのこと、このブログではRRもご披露したいと思っておりますが

       ・・・ではモトクロスの思い出ハジマリ・ハジマリ・・・平井節炸裂・・・

 ①TEAM GREEN30周年おめでとう、またこの様な盛大な祝賀会に多くの関係者をお招きいただ  きみんなになり代わりありがとうございます
 ②多くの仲間との再会、当時の思い出が走馬灯のごとくに駆け巡っております
 ③TEAM GREEN JAPAN の生い立ちは1982年当時アメリカカワサキTEAM GREENでの絶好   調にR&DのTEAM GREEN US の監督ピート堤の悪魔の囁き「TEAM GREEN JAPAN」をとの  こと、レース大好き男が逃がすはずがない、当時の上司古谷常務(現THE GOOD TIMES理事   長)にお願いして誕生したのであります(と云うところで1983年から始まったのでありま   す)
 ④目的は「販売促進・広告宣伝・ユーザーサービス・関係者に対する志気の高揚・KHIに対する市  場の技術情報のフィードバック」大きく5ヶの目的で始めました
 ⑤初めは弱いTEAMところがジュニアーライダー(横山モータース)よりの派遣選手調所伸一の活  躍により、TEAM全体が波に乗り以後延々と今日まで30年継続しているのであります
 ⑥願わくはTEAM GREENの現在凍結しているMX部門の再会を・・・・切にお願い
 ⑦それからは、ライダーの思い出を少々ご披露して野村元監督にバトンタッチ

 ここでの反省、初めは総合司会塩田嬢(ワイズ)の誘導で話を進める予定を「オイラに任せろ」と始めたこと、時間があればライダーを壇上に上げて「思い出」をと思ったのだが、どうも半分も話せなかったのが残念思い出は簡単にしてライダーをあげたほうが盛り上がったのでは?

 今日から何回になるか分からないが当日の模様をご披露致します。

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 KMJ 浅野社長のご挨拶
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 KHI 中川本部長のご祝辞
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 30年間辛苦を共にした僚友の会場風景
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 平井節炸裂?てな所

 当日の超サプライズは
「来年8耐に出場する」
 浅野社長の覚悟、また「TEAM GREEN」のロゴを変更して「心機一転頑張る意欲」を前面に打ち出されたことである。
 
 来年のレース界は4メーカそろい踏み・・・特にカワサキは面白い・・・乞うご期待!!!

                                    t-hirai
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# by toshi-hirai | 2013-12-19 07:41

「波乱万丈オイラの人生」・・・7 平井の若かりし頃?

 もうすぐお正月、この頃のお正月は変わったもんやな~何かしら情緒がない、しかし、今年は少し寒さが違うので少しはお正月らしいのかな?

 でも日にちの立つのがやけに早い、この間、お雑煮を食べたのにマタカイナやっと傘寿になったのにあまり早く日にちが過ぎて行って欲しくない様な今日この頃である。

 先日、加古川FさんのF/Bやったか零戦の話題があった、オイラの人生の思い出にも「飛燕・0戦」が出てくるのである・・・それはね!!! オレ空を飛びたかったんや・・・

 それで川崎航空機工業㈱に入る予定が(オヤジと同級生の高田重役に頼んで入社が決まったのだが職場が単車事業本部?)コリャ飛行機には乗れない同じ単車なら「なんでも出来る」とそのまま近畿メイハツに居たら吸収合併で明石の川崎航空機工業㈱に連れて来られたナンジャこれは?

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 三菱重工業㈱の誇る「零式艦上戦闘機」通称「零戦」1939年(堀越設計担当)に初飛行、こいつは、太平洋戦争開戦前の中国大陸での活躍何しろ世界最高の戦闘機だったらしい。
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 川崎航空機工業㈱が誇る「飛燕」1945年(土井設計担当)残念ながらあまり戦えなかった水冷エンジン1,000HP、1945年に生産されたのだが・・・エンジンが不調でせっかくの水冷エンジンに空冷エンジンを積み{五式戦闘機として)第二次世界大戦に大日本帝国陸軍が飛ばしていたのだが?

 そんなやこんなやで近畿メイハツ時代にはオイラもっぱらUコンにドッポリ漬かっていたんやで~

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 得意満面の制作者平井くんと零戦
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 スケールモデルの零戦・・・格好よく出来たんやが
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 エンジンも快調サテサテ操縦士があげようと思うが上がらない?ソレハネ重たかったんや馬力不足
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 スタントモデル・・・こいつは宙返り・背面飛行・急降下・急上昇ナドナドを競ったもんやが、こいつは入賞もした大事な1機、主翼の「KMC」USのカワサキではない「楠・模型・クラブ」(模型屋さんの店名)だったが、ヤッパカワサキと縁があったんや???
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 スピードモデル・・・こいつも早かった入賞した大事な1機
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 双発旅客機(モデルは忘れたが?ダグラスDC-3?)こいつは平井製作所でかなり開発費が掛かったが飛んだ時の素晴らしさは未だに忘れられない1機である

 日本の航空機生産は戦後昭和30年(戦後10年程経過して)から川崎航空機工業㈱+新三菱重工業㈱が共同で製作した自衛隊練習機(ロッキード社製T-33A)こいつには川崎航空機工業㈱明石工場で乗せてもらった、 感想は、主翼が鳥みたいに上下して(これは必要らしい)非常に怖かった。

 ・・・こんな思いでである・・・

 さてさて話は変わるが、明17日17:00~ホテルキャッスルプラザ(西明石)に於いて
  
   「TEAM GREEN 30周年記念パーティー」

 がKMJの主催で行われる、今から小さな胸が高鳴って?「嬉しさと懐かしさ」が入り乱れて大変であります。

 みんなと会えるかな~どんなになっているのやろう~デモデモ・・・オイラには「昭一・アキラ・ミキ・野宮・瀬戸・中深・ナミユキ・久道」等など呼び捨てやろ・・・みんな許せ!!!

 超~楽しみである早く来い来いである(勝手なもんやな~)速報・ビッグニュースをお知らせできるぜ・・・乞うご期待である。

                                   t-hirai
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# by toshi-hirai | 2013-12-16 07:04

「波乱万丈オイラの人生」・・・6平井の若かりし頃?

 昨日「Z1会の総会&忘年会」が明石で実施されました。みんな和気合い合いと楽しい時間を楽しんだ様子、私も十分に楽しんできました。当日の触りです。
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 会場は木曽路明石店
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 日本美人のお出迎え(仲居さんも全て和服やっぱ和服は落ち着く?)
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 大槻会長のご挨拶(何やらモットお若い方に参入を希望されていた様子)
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 年間最優秀賞我らが古谷理事長が選出され表彰
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 名物男、山本さん本年の回顧及び来年度の抱負(例によって賑やかに)
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 これまたミスターカワサキKIYOさんのスピーチ(同      上)
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 お開きに全員の記念写真 合計22名の参加であった。

 何やら100人のコンペを今後推進、「若者よ集まれ」てなところでした。

 サテサテ前置きはこれくらいで、これからが「波乱万丈オイラの人生」のハジマリハジマリ

     ・・・どうも思いつきで思い出すので年号が前後しますがお許しを・・・

 1998年当時セントラルサーキットの営業を担当していたのだがオーナーと意見が合わず残念ながら追われることになり、再度カワサキにお世話になってジェットスキーのゲレンデであった昭和池(加東市に所在するJETのテストコース)の管理を福井さんのご厚意により池の管理の仕事を譲っていただき働いていたのだが、残念無念1999年(平成11年)「胃癌発生」まだ死にたくない(当時66歳の青春の真っ只中)マダマダオイラにはやらなければならない・・・「オートバイ人生」が残っていると明石のがんセンターで「全摘手術」を受け療養中、突然MFJの専務理事を努めておられた元KHIの杉沼さんからのオハー「韓国でサーキット」を造る来ないか?とのお誘い、よっしゃここわ6年掛かりで許認可にたどり着いたセントラルサーキットのノウハウを使わにゃ「日本男児ここにあり」と韓国に単身赴任(良かったな~何しろ女性の足がスンナリ、太った若い女性が少ない)ビジョビジョ(美女美女)ホンマやで~良かった。
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 韓国太白サーキットの計画図
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 杉沼さん・平井くんと一つの部屋を充てがわれ美人秘書とお仕事ツーショットの写真があったのに?探そう
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 昼食出前イッツ丁辛いのなんの素敵な弁当、全額(三食会社持ちの契約)
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 奥のマンションに住居、3人の従業員との合宿
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 マンションを出ると立派な公園、ビジョビジョとの散歩道???

 杉沼さんのお陰で私の人生が決定韓国に骨を埋めても良いとまで思ったのだが?如何せん8ヶ月で許認可が下りた途端に「平井さんとてもじゃないが給料が払えない居っても良いが?」(アゴ足は見るが給料までは)と来たもんだ、杉沼さんも再三掛け合って頂きご迷惑を掛けてしまったのでありますが涙を飲んで日本に舞い戻り、マダマダ使えたのに?・・・今度は、ご存知渡部たっちゃんさん(現Z1フアンクラブの会長)に拾われ「カワサキライデングスクールのバスの運転手」に採用され再度カワサキに・・・
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       ・・・本当に「波乱万丈のオイラの人生」である・・・


 追伸 あったボエジャー正面乗りの写真が走ってる。
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 今日は10時からNPO法人THE GOOD TIMESの理事会、マタマタ賑やかな集いである、アアそうか今日は静かな集いか?なぜたっちゃんさんが欠席らしい。

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# by toshi-hirai | 2013-12-07 07:49

「波乱万丈オイラの人生」・・・5 平井の若かりし頃

 もう師走先生も走り出すんや、オイラも走らなアカンな走ろ(毎日ランニングマシンでリハビリ1,500歩約20分走ってる)足も良くなっているが?
 29日30日二日間、関東からの珍客が二人「三木のZフアンクラブ事務所」に訪問され、歓談有意義な(ソレハソレハ密度の濃い話ばかり)何しろ古谷理事長も太刀打ち出来ない会話とのこと、私なんかさっぱりチンプンカンプン・・・
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左から前列 柏原・平井飛んで山本、後列左から雷神マッハこと清水・古谷・マッハパパこと大橋
の各氏・・・

 関東のお二人に(「雷神マッハ」大のカワサキフアン・「麻波のパパ」これはね御子息の名前にマッハと付けるほどのカワサキフアン)2日間お付き合いをしてZフアンクラブ事務所、夜はドンチャン騒ぎ「飲むは・喋るは・喚き・笑い」ソレハ・ソレハ酷いもんやった、まずKIYOさんのところに訪問、ご飯に行こうと誘われたがスミマセン、山ちゃんの所で加古川名物「かつめし」を予約していたので加古川に、翌日月木さんの所に同行したのだが昼は「イタ飯」これなんやろ「パスタ」やんか私田舎モンだから?・・・
            大体大きく4ヶ所を大急ぎで・・・

 今日は、夜の会食時の話題に平井は「オートバイに乗れるのか?」との失礼な質問???チョット脱線して、平井の乗車歴をご披露しよう。

 オーイ写真が出ないどうしよう・・・ジムから帰って開いてみたら誰かが開けてくれていた、思い出を添付します。

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 上の3枚は、当時の日本生命の社長さんが大のオートバイマニヤーとのことで、明石工場に表敬訪問に見えた時のもの、小柄な平井がバンバン乗れます「社長いかがですか」との一幕、結局お体がと50ccに試乗された時の模様、前からの写真があったんだけど?
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 この写真、大型特別指導員養成講習会の時のスナップ、平井君は講師
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 これ神戸新聞のTV欄に紹介された、「こんにちは県警です」県警一番美人の婦警さんと警察官が好きやな~平井は? 
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 ナナ美人やろ~ 素晴らしい
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 これメイハツ125と湊川神社正面の一コマ
 1955年58.2ccKB1型から発展したエンジン125ccKB-5型、これをメイハツでドイツのマイスターをモデルとした車体に搭載、車重105,5kgのボデイーを80km/hまで引っ張る実録モデル・・・KAWASAKI 11 WORLD MC GUIDE より
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 上記モデルで六甲縦断レースで2位に輝いた(レースは優勝だけでは?)ときの一コマ

 平井は走っておりました、しかも「カミナリ族」愛車はハーレー350cc単気筒、タンクサイドにチェンジ、左足クラッチと言う代物、当時はノーヘル?
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 こんな装備で走っていたんや~
 
 イヤーどうやって写真をオープン出来たのかなー?ありがとうございます説明ができました。

                                    t-hirai
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# by toshi-hirai | 2013-12-01 07:29

「波乱万丈オイラの人生」・・・4 平井の若かりし頃

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 昨日写真を見ていたら若い頃のオイラの写真をヒョイとFBで見ていただいたら、ナ・ナんと評判が良く、多くの皆さんから「お若い」「男前」「素晴らしい」等などの好評(講評)本人気を良くしたのなんの、ヨッシャ思い出そうと心に誓ったのであります。

 気持ちの悪い人はすぐに消して頂いて結構、平井にも青春はあったんや~

 もう皆さんには公表済みの空手、そう一銭にもならないのに一生懸命約8~10年も頑張ってやったのであります。

 これも先日の「古民家」での思い出話の中でオイラ松濤館流、私はシュトウ流、剛柔流等などと、空手でも話は盛り上がった、皆さん日本古来の武道を愛して居られる様子、写真が出てきたのでご披露しよう。
 
 私の空手との出会いは、新開地の本屋さんでの出来事「本」を盗もうとしているアンちゃんをジーと見て盗めないように見張っていたのだが、外に出ると待ち構えて居て「メチャ滅茶苦茶」に殴られたことにハジマリ「男は強くなくてはならない」と入門を決めたが最終決定は当時神戸大丸の東側の朝日会館でやっていた。
 松濤館流空手の神戸道場「神戸空手同好会」の練習風景で女性が大勢(モデルの護身・美容)練習をしていたことである、オイラも早く女性に後ろから抱きついて護身の指導をしたかったんや~

 そうして、神戸モダン寺にあった道場に入門延々1銭にもならない空手に打ち込んでいったのであります・・・とき正に昭和28年頃の正に19歳にの青春であった。

 「空手」・・・それは琉球王国の沖縄で発祥した挙足による打撃技を特徴とする武道である、これを剛柔・松濤を学ばれた大山館長が松濤館流として多くの空手愛好家を率いて来られたのである。

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 この頃、白帯怖いものなし練習風景
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 これ昭和33年「神戸同好会夏期昇格審査」の時、
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 小山先輩(全日本空手道大会のチャンピォン)との演舞・・・真似したらアカン平井黒帯になってるぜ
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 ソラ~張り切って一生懸命練習に励んでいた
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 黒帯になったお正月、神戸大倉山体育館横にあった家の前で
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 夏期合宿、多分東条湖だったのでは?
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 いつも人気者中央である
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 先輩の「平井フリチンであそこに立て」「オス」と俺一人・・・肝試し
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 男前の平井くん?
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 試割板蹴りで一発、角度が悪いが割れたはず?イヤ割れた、まだなりたての黒帯、帯の名前が新しい
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 この写真は、カワサキに吸収合併された時、兵庫販売課の紅一点美人で明石の造船所のお嬢さんと
後に恋人に???石原裕次郎と北原三枝とのラブシーンと同じ「負けへんで~」負けてる!
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 イヤー男前で今日は締めてやろう?石原裕次郎にも負けんやろ

 こんなことで写真を整理してご披露したい次に続く「乞うご期待」「期待なんかせん」続けます。

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# by toshi-hirai | 2013-11-24 07:57