Team Green

「Team Greenを愛する馬鹿な男の夢」20

e0190502_853810.jpg・・・時まさに70年代ネキッドベースの台頭の幕開け、ボルドール24時間耐久RRやルマン1000kmといったヨーロッパを中心とした耐久では、プライベーター達がZ1ベースのマシンで活躍を始めていた。
 日本では’78年鈴鹿8時間耐久が始まり(鈴鹿8耐)このレースの前哨戦(これを走って鈴鹿8耐出場権を獲得出来た)鈴鹿200km耐久RRも開催された、カワサキはワークスとして第1回鈴鹿8耐に参戦、サーキットに現われたマシンは世界耐久RRに使用されているZ1ベースではなく、’78年からWGPで使用されていた2ストロークKR350だった。
 ライダーはワークスライダー清原明彦&和田将弘特にキヨさんはKR開発の中心的な存在で自身WGP参戦初シーズン’77年の西ドイツGPでマシンKR250を駆り2位を獲得加えて国内スプリントレースでは上記の通りKR250.KR350・KR750の乗りなれたマシンを優勝に導いている。
 他メーカはホンダRCBやヨシムラGS1000、4ストローク1000ccのエンジンでカワサキの誇る技術陣は650ccの排気量の差をものともせず全てに負けていなかった?(なぜなら耐久性に問題が?ウオーターポンプのトラブルが原因でリタイヤの時もあったようだ!!!)
 その翌年第2回大会でカワサキはZ1をベースに変更した「KR1000」を持ち込んでライダー清原&和田のコンビでヨーロッパに続いての参戦、ただ、マシンの評価は決して高いものでなかった。
 キヨさんは「エンジンはマー問題なかったな、でも重たいし遅い・・・そんな感じヤッタ」コンビのライダー決定も2ヶ月前テストもママならない状況下での参戦残念ながら68周目に和田が転倒リタイヤでレース終了、続く’80年第3回大会では順位を大きく上げたのであった。
 新しくコンビを組んだ清原&徳野組に変わって出場したKR1000は7位を獲得、しかも、翌年を見据えてこの年カワサキワークスから、グレッグ・ハンスフォード&エディー・ローソン組がテストを兼ねての参戦、トップ争いを演じ惜しくも第2位、キヨさんにして「エデイーは体細いし腕相撲しても日本人ライダーに勝てない優男エディーがメチャ速いネン???」と言わしたのであった。
 此処で’81年からKR1000に搭載するエンジンがZ!ベースからZ1000Jへと変更するのだ・・・翌’82年カワサキワークスのレース活動に大きな変動が起きるのである・・・後は来週のお楽しみ乞うご期待・・・thirai

*写真はKR350cc・KR1000 KAWASAKI WORLD MC GUIDEより(写真技術を勉強します)e0190502_814350.jpg
 
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by toshi-hirai | 2009-09-06 08:09
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