Team Green

「カワサキ・ロードレースのルーツ」①

 いま「TEAM GREEN」の昔話を探していたら、エライコッチャ「カワサキのロードレース」のルーツの記録が出てきた。
 これは皆さんに教えるべきか、私の講演会のネタにしょうか?「アホ」・・・書くで~・・・

 ソレハ1965年に開催された第一回東京ロードレースに参戦した3台のカワサキ、ここからカワサキのロードレースの歴史が幕を切って落とされたのであります。

 ソレハネ・・・カワサキ初のロードレーサーJ1
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 このマシンの改造がまずMXで活躍した後、’65年8月に千葉県舟橋サーキットでのMFJ第1回東京ロードレースに3台に85J1改で参戦した。
 ライダーは、世界の金谷秀夫(他の二人は?今度聞いてみよう)
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 少々暗い男前台無し(ゴメン金谷さん)この時2位につけその速さを見せつけたのである。

 さらにその年10月に開催された第3回日本GPに、カワサキ初のGPレーサーKACスペシャルが殴り込みを掛け7・8位ダッタソウナ(少々テンションが落ちた)デモデモねこのマシンKAC?はエンジンはA-1の設計ベースになった並列2気筒ロータリーデスクバルブ、しかも水冷リァエキゾスト、8そくのマシンである。

 ’66年第4回日本GPでは改良型の水冷KA-1(KR-1)が7位・8位(指定席かな?ゴメン)コレ健闘である。

 
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 ゴメンゴメン写真がうまく取れない(コレ、ワールドMCガイドから拝借許して下さい)
 1967年に市場のニーズに合った250A1、この改造がA1R カワサキは赤タンクで走っていた最速200km/H・出力40PS・車重109kg

 総合して1963年頃から国内の販売網も整備され(日本で売れたら世界も)海外からもそのブランド力に注目され3月にはフイリピンに向け150台のノックダウン輸出契約に成功カワサキも本格的に世界を舞台に進出、アメリカ市場に1968年「アメリカン カワサキ モータース」AKMをその翌年には、「イースタン カワサキ モーターサイクル」EKMを、二つの現地法人を設立したのである。

 次回は完成されたA1R1967年6月に「我らがミスターヒロ」が登場するのである。

                                       t-hirai

追伸 読み返したら時代が向こうに行ったり来たり、マ良いか平井の事や・・・
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by toshi-hirai | 2012-09-30 11:08
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