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「波乱万丈オイラの人生」・・・2

 「歌は世につれ世は歌に連れ」そうなんやあの悲劇の女王?「波乱万丈の歌姫」島倉千代子が突然の「さようなら」世の中上手く行かんもんやな。

 「人生いろいろ」を地で行った悲しい8日だった

「冥福をお祈ります」俺もまたあの世に行ったらもう一度「歌を聞かせて」なんちゃって気取ってみたが「オイラの人生足元にも及ばん」話題にもならんが続けよう。

 ㈱カワサキモータースジャパンの沿革

 1、明発工業㈱          S28,12,15,設立
 2、川崎明発工業㈱       S29,07,01,
 3、カワサキ自動車販売㈱    S38,05,30,
 4、カワサキオートバイ販売㈱  S41,02,01,
 5、㈱カワサキモータージャパン H05,01,01,現在に至る

 6、歴代代表取締役(私が共に歩んだ社長・専務の皆さん)
   
                 中野  尚・高野 行彦・土崎 英利・神武 敏彦
                 岩崎 良三・塚本 碩春・田中  誠・高橋 鐵郎
                 大庭  浩・高橋  宏・青野  格・古谷 錬太郎
                 安藤 吉郎・田崎 雅元・中島 直行・大前  太

     *清水屋辰雄・芋野 豊秋のお二人は代表取締役では無かったのかな?安藤さん名前が
      にんべんに吉だがスミマセンPCで探せない?

 以上、ここに書いた多くのお偉い方々と私は仕事を、自慢にならんがタダ長いということである。

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 明発がカワサキに吸収合併されてカワサキ自動車時代の兵庫販売課のメンバー、
 ヘリは国産のベル47Gー2A型
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 Tクラウンマスターライン最高級車で営業に何しろタクシーの走行と同じ距離を走った3万km/月
近畿メイハツ時代は、自転車に付けたエンジン電光号(KB-1型)にエンジンを2台積んで走ったり
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 明石工場からオートバイで岐阜工場までテストで行ったときの記念撮影(ジェット練習機の前)
 この頃は、メイハツ60型、B-7とかといったマシンだったのでは? 
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 M-5素晴らしいペットだったショックはF/R共にラバー何しろ豆腐屋さんが絶賛豆腐入れの水が濁らない、今でも売れるのでは?
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 このマシン明発として最後の車? このあとB-7/B-8型(明発ブランドだが川崎製)

 いやはや思い出が沢山あるのだが、ゆっくり思い出して書いたほうが?おもろいか?

①例えばヘリは足元までカウルが透明、スカート履いて乗れば丸見え?ナンチャッテ・・・ウソ
②当時、空からチラシを(公告)ヘリや軽飛行機でバラまいたり、みんな競って取り合い
③カワサキB-7/B-8と言うマシンは、全て木枠で梱包、その木箱をクラウンに2台積んで走ったり
④100台売るからと「ペットを買って家の上をヘリで飛ぼうと」キャンペーン、販売60台?
⑤何しろ国道2号線がアスハルト舗装なし、街に入ったら舗装してあった、そんな時代に神戸から姫路まで死に物狂いで走ったもんだ

 思い出も営業編・技術編・指導編・一般編・レース編に分けて書かなアカンな~

                          チョット考えてみよう t-hirai
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by toshi-hirai | 2013-11-09 19:44
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