Team Green

「グレートヒーローズ同窓会」葵月の陣⑫

・・・行ってきました「グレートヒローズ同窓会」葵月の陣に・・・

 素晴らしいイベントナナント・・・カワサキのオンパレード・・・ナンデあんなに頑張るの「Z」40歳から20歳の「老若男女」がワンサワンサ・・・イヤー興奮・・・二輪も捨てたもんでない。

 こんなに楽しいイベントそれが続いていると言う・・・ナンデ知らないんだろう。

 今、23:45家に無事帰りました、お世話様になりました多くの皆さん有難う、ブログ落ち着いて火曜日にアップ致します。 乞う ご期待です・・・イヤーカワサキばっか素晴らしい・・・

 今日の主役 丸山さん有難う
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 ステージに上げられ驚きの平井、隣の偉人ホンダの歴史(チョットカワサキにも縁があり)ル・マン常勝の谷口尚己さん(優勝は無いが常に上位とオッシャッテ居られた)

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 岩城さんもオートバイのお好きな人・・・何年目のご対面かな~ヒョットシテ知らんかったり?僕を知らんかったらモグリ・・・ゴメン・・・


 もうお目目が・・・明日がありますので・・・オヤスミなさい

                                    t-hirai
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# by toshi-hirai | 2012-06-11 00:03

「カワサキ創成期の証言者」④

 藤原良弘我々は良さん(リョウさんと呼ばせてもらっている)カワサキのレースの生き字引である
先日も話を聞いたが、良さんは安良岡(ケンさん)金谷(世界の金谷)・和田(ミスターヒロ)日本人ライダー担当メカだったらしい・・・
 
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 どうも私は写真が下手である、男前の良さん台無し、先日の{Z-1会}でのスナップ

 良さんも製造部から技術部に転籍となり本腰を入れてマシンの開発にエンジンのチューニングに励みA1-R・A7-Rを駆りデイトナ200マイルをはじめとする海外のレースに参戦したのである。
 当時エンジンの性能向上はほとんど現場に任されており、パワーUPもすべての性能向上のため現場でポートを削り吸排気ポートのタイミングを変えたり、マフラーを切ったりハズったり溶接したり脈動を変えたり・・・それはそれは日々精進タダタダ性能UPの毎日でありました。

 こんなオモロイ話が・・・同じころ日本でも同じ様な・・・毎回レース前夜カワサキのピットは町工場の開設夜中までカワサキのピットだけ電気がともり作業をしていたもんや、あの迷監督は夜食の準備、ソレハソレハ カワサキの技術陣はしつこい、何しろ納得のいくまで攻めるのや「又、分解か?悪い所ないんやから終わりにシヨ↓」「いやもう一回バラシテチエックや↑」てなもんや三度笠これだから男カワサキなんや・・・

 点火時期・圧縮比・燃焼室の形状加工それぞれに仕様変更して毎日レースに「勝つ」ことのみを考え頑張ったものでした。
 レース場では常に人・物が動き状況は変わって行きます、勿論ライダーの体調や心情・マシンの変化や劣化、おまけに自然との戦いこれはレース場でなければ解らないことです・・・「レースの世界は厳しいが目標が明確で仕事の幅が広くやりがいのある仕事でした」と言い切る良さん・・・メカとして赤タンク時代を生きてきた良さんも昭和44年仕事を変わり平成13年のリタイヤまで延々カワサキ一筋に係わった一人である。

 昭和44年藤原良弘が去ると同時に赤タンクも終焉を迎えライムグリーンに変わっていくのである。

 もう一度ご覧ください
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 昭和44年のデイトナ200マイルからレースカラーが赤から緑に変更された、マシンはA-1R・A-7Rで、確か明石からは赤で出荷したマシンが日本人スタッフが到着した時にはライムグリーンに塗り替えられていた、写真は初めてのライムグリーンの集結・・・

 藤原良弘・・・今なおZ-1会で事務局を務める縁の下の力持ち・・・もう一人事務局長の仲 和俊、この人はカワサキのもぐりである、ソレハネ・・・Z-1会にrfuruyaさんの紹介で入れて貰った時、平井?知らんと断言したそうな「平井=カワサキの真打」しかも、麻雀で再三奉仕して・Z400チョッパーのフレームを作った時にも平井さんこれで売れるか?と心配そうに聞いてきた仲なのに、残念知らなかったとは?・・・それからもう一人クリちゃんこと栗島忠弘すごい男だが優しい?仕事はデザイン担当、カワサキに無くてはならない3人の方々にお世話をして頂き何時までも仲の良い「Z-1会」イヤ「Z-1」が大槻会長を中心に40年を迎えたのである。
                            (敬称略順不同お許しください)

                                       t-hirai


 次回は「グレートヒローズ同窓会」葵月の陣の話題を・・・

 

 
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# by toshi-hirai | 2012-06-09 06:16

「カワサキ創成期の証言者」③

 今日「Z-1会」が三木セブンハンドレットCCに於いて開催された、
 
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快晴に恵まれた今日、スタート前のミーティング風景総勢33名そうそうたるメンバーである

 いわゆるZ-1なるものを作ろうと言い出した大物「浜脇洋二氏」も参加、奇しくも40周年を迎えた、いきさつ今年9月8日(金)にアメリカに於いて「Z-1」40周年記念イベントをKMCが主催でやるらしい、日本からも浜脇・大槻・野田・清原・山本各氏も参加される。
 既に70名ほどのアメリカ勢がエントリー多分面白いイベントになるであろう・・・

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 浜脇氏のご挨拶、横には事務局の仲さん
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 大槻会長のご挨拶(ちなみに今日の会長賞+ドラコン賞+馬券当選=平井が頂き)
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 今日は少々ご機嫌斜めか?世界の金谷氏左うしろが藤原氏
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 写真左から古川隆明この方鈴鹿のレース90ccでポールを取ったが、スタートを乗りがけでエンジンがかからず出遅れ平井カンカンの思い出
 その次2番目飯原武志この人こそ第1回青野ヶ原MX大会で1位~6位までを取た時、新人賞迄かっさらった当時話題の中心人物、藤原さんと同じ時代カワサキロードのメカもやったらしい
 一人飛んで藤原良弘、次回詳しくブログで紹介いたします
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 的野征治この人も古い古いBSのワークスライダー50GPのライダーである
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 吉田和人この人も藤原さんと同じ時代から長くレースに係わっていた大先輩

 まだまだZ-1会には、レース創成期に携わった野田浩志・古谷錬太郎・山本信行・杉本五十洋
百合草三佐雄・伊吹清孝各氏(今日の成績順キヨサンは欠席)マダマダ沢山居られる。

 とりあえず取り留めも無いが、金谷節あり山ちゃん節・タッちゃん節、それぞれ賑やかな一日であった。                            
  詳しくは、FACE BOOKで(rfuruyaさんが・・・)       

 追伸 Z-1-40周年特集に「カワサキバイクマガジン」で特集を組むらしい、何月号か聞き忘    れた、聞いてお知らせします・・・浜脇さんも取材を受けられる・・・乞うご期待である。
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# by toshi-hirai | 2012-06-06 19:37

「カワサキ創成期の証言者」②

 藤原良弘今なおお付合いしているカワサキ創成期の一人である、川崎航空機工業(株)へのあこがれは多くの若者の心を揺らがしていた航空機、藤原も又憧れて入社した一人でもあった。
 
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 昭和39年東京オリンピックイヤー藤原はカワサキメグロにオリンピック伴走車の白バイを造りにカワサキメグロ製作所に約6ヶ月間完成検査をしたらしい。
(イヤー参った私はちょうど豊岡(営)聖火の伴走をする白バイの伴走をさせられた、ソレハネ・・・走るのが遅いのでバッテリーが上がる、そこで交換するバッテリーを持って後ろから伴走していたのだ・・・ワカルカナ~)

 「初めはバイクに乗りたくてテストライダーを希望していたのだが、上司にオートバイの基礎から覚えろとエンジン組立職場に配属されメグロのSG250ccエンジンを組み立てていたそうな」

 デモねその頃はカワサキがレースを始めたばかり、モトクロス専任者は故松尾さん一人だったハンドメイドでフレームを造ったり、量産部門から持ってきたエンジンをチューンしてマシンを完成していたチャチナものでした。

 そうして藤原は昭和39年11月和歌山で開催された第一回西日本モトクロスのチームカワサキのメカニックを担当したのであります。
 とは言えチームスタッフの不足を補う程度、仕事と言えばレースから帰って疲れたマシンを分解整備するのが私の仕事だが、時が昭和41年にもなると快進撃を欲しいままのカワサキにB8Mに加え戦闘能力抜群の常勝「F21M」の参入である。
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スペック:1968年 F21M(フロントホイール21インチ)空冷2サイクルロータリーデスクバルブ単気筒(175B11のエンジンを238cc迄ボアアップ)ボア70,0×ストローク62㎜、28,0PS/7,000rpm 4速 246,000円

 この車、フレームはヘリコプターに使われていたクロモリパイプを入手して松尾さんのハンドメイド造られたもの、しかし、この2台(B8M&F21M)のカワサキは快進撃を続けたのである・・・「当時はカワサキの販売店が少ない時期であり、部品が無い時レース場の近くのお店を探すのが一苦労、デモデモ カワサキが勝つと大喜びするカワサキフアン&店主・・・イヤーその喜びがレース担当者最大の喜びだったのである。

 昭和40年マシンのセッテングまで藤原の担当になりメカニックとして本格的にレースに携わるようになった、さらにその年からロードレースも兼務でやらせて貰えたのである。
 この時期がカワサキも本腰を入れ始めた頃だったと思う・・・「鈴鹿サーキットのレースの時に公式練習でなかなかタイムが上がらないライダーはギヤーが適していないと主張、ギヤーが合えば必ずタイムが上がり勝てると訴える、当時の監督は決断、決勝までにクロスミッションを作ることを・・・ギヤーを制作していた茶園場にあった(現、明石市民病院の前)明石工場に電話で連絡責任者を集め状況説明、クロスミッションが新作されることになった「これがカワサキや!」カワサキの良い所である・・・
 時間単位でクロスミッションが出来るか???それが出来たのである、レースに対する会社の理解・協力体制を実感したのであります。(違う違う内緒でギヤーが出来たのでは?)

 その後、藤原は製造部から技術部に転籍してロードレースに専任したのである・・・

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昭和44年デイトナ200マイル、カワサキのカラーが赤からライムグリーンに変更された時であった、実は赤カラーでアメリカに送ったマシンが現地サーキットに日本人スタッフが到着した時にはライムグリーンに塗り替えられていたそうな?この写真初めてのライムグリーンの採用された時のもの藤原は右から6人目

 次回は終焉編6月6日にZ-1会で本人に逢ってインタビユー何か耳寄りな話を・・・

                                 乞うご期待である

                                        t-hirai

 
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# by toshi-hirai | 2012-06-03 07:51

「金冠日食」

・・・今ブログをUPして、愚妻と朝食を二人で久しぶりに会食(毎朝私は5時出発愚妻はグーグーオヤスミ)していたら金冠日食の話題がTVで・・・私もやりました「金冠日食オタク」見てください・・・イヤーまずはコンビニにめがねを買に走るも売り切れ・・会社で何か光遮閉レンズは?何もない、昔々ろうそくでガラスにくすぶりをそうして太陽を見た思い出・・・しかし、何もないところがである、鉛筆削りのくず入れが少々黒みがかりアッタのである、そこにマジックペンで色を塗り見たらはっきり見えたので成功したもんだ・・・
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 通勤途上5:30分ころの太陽が昇り始める頃の記録(これは肉眼)
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 朝飯そうして仮眠をして、会社について7:30頃やっと作った鉛筆削りの受け皿にマジックを塗ったメガネ・・・肉眼にはハッキリ見えたのだが?目が痛かった一週間痛かったが治ったよ~ン
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 これは大分太陽がかけている写真7:35分頃か?
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 何か解らんヤン~ アホヤ

 「失敗は成功の元」次回は2030年必ずメガネ買うぜ・・・オッと次は18年後?・・・あの世で見るか・・・・アホ・・・長生きするぜ・・・アホヤ・・・次回の天体ショウは6月の初めに金星が太陽を横切る・・・そこでメガネを調達して・・・あの世に(棺桶に入れて貰っちゃおう)持って行こうかな・・・

 半成功の「金冠月食」・・・マ見れたのだから大成功やナイカ・・・目が痛かったが・・・
今年は天体ショウのオンパレード・・・太陽+金星+月やったか?一直線になった・・・

・・・てなもんや三度笠・・・ナンデそんなに強いのや・・・あたり前田のクラッカー・・・

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                チャンチャン
                                t-hirai

 
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# by toshi-hirai | 2012-05-27 09:01